2017年6月18日日曜日

アマナ (9/10)  江戸時代文献 追補 千金方薬註,本草綱目啓蒙図譜,本草綱目紀聞,江戸時代の方言

Amana edulis
2010年4月 茨城県南部
アマナの記述のある江戸時代の文献が幾つか見つかったので追補する.

松典子勅(松岡恕庵の息子か)『千金方薬註. 巻之三 草部下』(1778)の「山慈姑」の項には,
山慈姑 車前葉韭葉ノ二種アリ車前葉山慈姑ハ[和名]カタコ越前
大和陸奥 (中略) 

韭葉ノ者ハ[和名]アマナ山城
醍醐 一名ムギグワイ安藝 一名鴉ノムギ山城講堂村 トキクハイ
一名アマイモ山城鳥羽 一名アマツホセ 一名秋海棠秋牡丹ト同 上加
茂社前ノ芝原妙心寺邉其外處々ニ生ズ葉韭ノ如ク長サ三四寸
三月白花ヲ開ク四月苗枯ル又近江北-郡ノ人沙參*ヲアマナト呼フ」
と,山慈姑に二種あって,「カタクリ」は「車前葉山慈姑」,「アマナ」は「韭葉山慈姑」であるとして,混乱を避けるべく別の名で呼んでいる.「鴉ノムギ」の名称を見ると,「ムギグワイ」の「ムギ」は,麦畑に生えるからではなく,葉がムギの若い苗に似ているからかとも,思われる.
この書では,生育している場所を具体的に記すとともに,全国の地方名(方言)を多く記録していて,小野蘭山の『本草綱目啓蒙』にもない方言,この項では「アマツホセ,トキクハイ,ムギグワイ,秋海棠,鴉ノムギ」が収載されている.
*沙參:ツリガネニンジン Adenophora triphylla var. japonica

松岡恕庵(1668-1746)は,江戸中期の本草・博物学者.京都の生まれ.名は玄達,字は成章,恕庵は号,別号は怡顔斎.初め山崎闇斎に入門し,のち伊藤仁斎,東涯父子に師事して儒学を修めた.また稲生若水に本草学を学んだ.恕庵の博物学上の功績は,中国の動植物およびわが国産の動植物,鉱物などの品種の研究を特に学問的に取り上げた点にある.小野蘭山など多くの門下生を育成した.著書は多く,中でも薬物に関する学識を明示した『用薬須知前編』,食物本草書『食療正要』は重要.<参考文献>上野益三『日本博物学史』

Blog-5 に記した小野蘭山の『本草綱目啓蒙』の初版は出版の直後,文化三年(1806)三月の江戸大火で版木が焼失した.蘭山の孫で後継者の小野職孝(17741852)は,蘭山の没後に再版を企て,文政12年(1829)頃に完成したが,その版木も間もなく火災で失われた.職孝は窮状を岸和田侯岡部長慎(ながちか,17871858)に訴え,援助を求めた.長慎は職孝の願いを入れ,同藩の医師井口望之(楽山)に校訂を命じ,弘化四年(1847)に『重訂本草綱目啓蒙』を藩版として刊行させた.この『啓蒙』第4版は,校訂がもっとも良いという.
一方,長慎は『啓蒙』に図が無いのを惜しみ,井口望之に編集させ,服部雪斎・阪本純沢画『本草綱目啓蒙図譜』を刊行した.これには刊記が無くて藩版と思われる嘉永二年(1849)と,刊記を有し市販版らしい同三年刊本がある.しかし,図譜出版には大金を要するからか,山草部4冊だけで終わった.(故磯野直秀慶大教授の解題による)

★井口望之編,服部雪斎・阪本純沢画『本草綱目啓蒙図譜(1849) の「巻之九 草之二」には,アマナの美しい木版圖(右図,NDL)があり,
「[山慈姑]アマナ
一葉ハ嫩根ナリ二三葉ノモノ花
アリ六辧白色又淡紅黄モアリ」
との説明文が添えられている.

★水谷豊文(17791833)『本草綱目紀聞』は小野蘭山門下の豊文(通称は助六)が,蘭山著『本草綱目啓蒙』植物部の大増補を企てた著作である.項目ごとに『啓蒙』の主要な文を転写し,自己の得た知見・方言を追加,『啓蒙』に無い写生図や印葉図も付した.豊文の自筆本は『啓蒙』増補部分が39冊・類別部分が21冊で計60冊,いま杏雨書屋が所蔵する.

その増補部分のうち26冊を転写したのが,NDLのデジタル資料として公開されている.転写したのは豊文門下の大窪昌章らしい.

その第一分冊には
「ヒメスイセン
アマナ/トウロウバナ/ムギグハイ 京 根ニ皮アル故名/アマイモ 京上加茂/ナンキンスイセン 京花肆/アマツボロ 鳥羽村/ハルヒメユリ 京花家 江戸染井/トウロン/マツバユリ 江州/スミラ 肥前/カタスミラ 筑前/ウドンゲサウ/ツルボ 丹波/ハミズハナミズ 加州/ヘラビル/カタハグサ/ウグヒス 摂州/テイデローセン 紅毛/ハタグワイ/ヒルグワイ 濃州野中村/シヽコロバシ 木曽岩ノ郷
山慈姑   山慈菰 百一選方 紅燈籠 附方 金〓/[釋名]金燈 拾遺/鬼燈〓 綱目/朱姑 綱目/鹿蹄草 綱目/無義草/金燈籠綱目 醫燈續燭古今医統壽世保元/馬無乙串 郷藥本草

山野ニ生ス
立春後出芽春多晴明ノ頃花
ヲ開葉ハ皆白色ヲ帯ブ

ヒメズイセン
勢州員辧郡坂本山産 啓蟄前後出芽

ヒメズイセン
大葉、小葉アリ土地ノ肥瘠ニヨル 別種ニアラズ 大葉ハ長サ一二尺許、水仙葉ノ如ク花モ
大ナリ 小葉ハ二三寸綿棗兒葉ノ如シ 花モ小ナリ 又一種花ノ最小ナルモノアリ 一
根一葉ノ者ハ嫩根ナリ 二葉ノ者ハ中間ヨリ一両莖ヲ抽ツ 其端ニ細小
葉二三ヲ対生シ 上ニ一花アリ 肥レバ二三花、大サ七八分、六弁白色 外ニ紫
條アリ 日光ヲ得テ開キ夕ニ至レバ収ル 中ニ黄色ノ蕋アリ 數日ノ後
辧脱ス 其実三角、大サ二二分 ハツユリノ実二似タリ 四月ニ至リ苗枯ル 根
ハ圓ニ小クシテ澤蒜(ノビル)ノ根ノ如シ 掘出セバ外ニ黒皮アリテ包ム 其中ニ褐色
ノ皮アリ 又其中ニ白キ綿アリテ根ヲ包ム 紫金錠ハ医学入門,万病回春,外科正宗 即附
方ノ萬病解毒丸ナリ 其主薬ハ此山慈姑ナルニ、今石蒜ヲ代用ルモノハ
誤ナリ 蔵器説ニ葉似車前ト云ハ車前葉山慈姑ニシテ卽ハツユリナリ

山慈姑 黄花ノモノ 立春前出芽
伊吹山産 蝦夷ニアリ 此根ヲ食ス

[彦根數江ノ説]古今医説
壽世保元ニ金燈篭トアルハ黄花ノモノヲ云 附方ニ紅燈篭トアルハ紅花ノモノヲ云ナ
ルベシ

藥店ノモノハ備後産ト云 又舶来ト云
紅花ノモノハヒガンバナ豆州勢州庄野北ツカ村ニアリ

山慈姑病人ノ不食ニ用ユト云」
とあり,『本草綱目啓蒙』の記事に改訂・追記がされ,模写でも美しい図が加えられていて,『啓蒙』では言及されていなかった食餌としての利用法も記されている.
また,方言では,「ウドンゲサウ,カタハグサ,シヽコロバシ,ハタグワイ,ハミズハナミズ,ヒルグワイ,ヘラビル」が加えられている.

「シヽコロバシ」のシシは,猪であろうが,イノシシの好物であるからだろうか.「ヒル,ヘラ」は「ひる(蒜):ネギ・ニンニク・ノビルなどの総称の古名」由来で,韭葉山慈姑と同様,葉がニラのそれと似ていることに由来すると思われる.

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