2016年4月18日月曜日

款冬,フキタンポポ-3/3 質問本草,本草綱目啓蒙,物品識名,本草図譜,増補古方薬品考,草木図説前編,牧野富太郎 増訂草木図説,頭註国訳本草綱目,植物分類研究,植物一家言,植物一日一題

Tussilago farfara
Left: Hungary - 1958,  Centre: Bulgaria -  1950s,  Right Bottom:  Great Britain - 1967. (Ox-eye Daisy, Coltsfoot and Buttercup)

中国本草書に記載されていた植物・動物・鉱物は,その記述から日本産の自然物に当てはめられたが,この考定には誤りが散見された.特に日本には産しなかった欵冬は,フキ,フキノトウと誤って考定された.「冬に雪の下でも,葉に先駆けてキクに似た黄色い花が開く」とのフキとツワブキを混ぜたような記述が本草家を悩ませたようだ.牧野富太郎はこの款冬が日本には産しない「Tussilago farfara」である事を見出し,大正元年刊の『増訂草木図説』(1912)に発表し,さらに『頭註国訳本草綱目』(1929)でその和名を「フキタンポポ」と「新称」し,普及すべく多くの文を書いた.彼はまた,「フキタンポポ」が葉の無い冬に黄色い花を咲かせることから,福寿草の代りに新春を寿ぐ花になることを予言した.1970年代にはフランスから種が移入され,現在多くの種苗店で,牧野の予言通り正月の花として売られている.

質問本草 NDL
★中山呉子善『質問本草』(1789 稿成立)
「野鮬 欵冬 フキ
-丑ノ之冬清舶漂-到ス採一テ此ノ種一ヲ問レフ之ヲ
野鮬 鄭--慶」
「質問本草」は沖縄産の種々の植物を,図や標本を中国人に示して,その名を質問して漢名を記録した書.「フキは琉球列島の北のほうにはあるが、沖縄にはない.漂着清人の鄭茂慶にこの種を採って聞いたとしているから,標本は栽培品であろう.相国寺跡に設置された薬草園のものである可能性が高い.」

★小野蘭山『本草綱目啓蒙 巻之十二 湿草類下』(1803-1806)
「欵冬花 フキノトウ フキノヂイ河州 フキノシウトメ和州 バツカイ南部・松前 バシカイ南部
〔一名〕赦肺侯(摘耕)欵冬薬(本草必読)冬花薬(古今医統)欵花(万病回春)
欵冬ハ和名鈔ニ、フヽキト訓ズ。今ハフキトヨブ。薬ニハ花ヲ用。故ニ欵冬花ト云。即今冬春食用ノフキノトウヲ用ベシ。薬肆ニ莖立ノビ己ニ花ヲ開クモノヲ乾シ售(ウル)モノハ、用ニ堪ズ。古ヨリ欵冬ヲ名花ノヤマブキトスルハ、其誤朗詠集ヨリ出。ヤマブキハ棣棠(秘伝花鏡)ナリ。欵冬ハ元来フキノコトニシテ、山生ノモノヲ山フキト云、ヤマブキト仮名同キ故ニ混ズルナリ。山中自生ノモノハ、葉小ニシテ苦味多シ。家園ニウユルハ、葉大ニシテ苦味薄シ。奥州南部、津軽、羽州秋田ニハ、至テ大ナルモノアリ。茎ノワタリ七寸、孔中ニ乾青魚(ホシニシン)二ツヲ入ベク、葉ハ馬上ノ傘ニ用ベシト云.コレヲ南部ニテ十輪田(トワタ)ブキト云.此根ヲ
取ヨセ栽ルニ、初ハ大ナレドモ年年変ジテ小クナルナリ。尋常ノフキノ一種ニ紅ブキアリ。
花ノ蕾紫赤色、開バ色浅シ。種樹家ニテコレヲ琉球ブキト云。此種モト甲州ノ身延山ヨリ出。本経逢原ニ、花紫色有ニ白糸一者真ト云トキハ、紅ブキヲ薬用ニ良トスベシ。又一種紫ブキアリ。葉面淡紫ヲ帯、茎ト背ト深紫色ナリ。又朝鮮ブキ、一名ヤツガシラト云アリ.
葉大ニシテ苦味少シ。花族生スルコト数多キ故ニ、八ツ頭ト名ク。唐山ニハ欵冬花少キ故、証類本草ニ、諸州ノ欵冬ノ図ヲ多ク載、且枇杷花ヲ偽リ貨買スト云.一種ツハハ、欵冬ノ類ニシテ別物ナリ。葉厚深緑色、秋黄花ヲ開。形色フキト異ナリ。紀州、勢州、筑州ニハ山野ニ自生多シテ欵冬ハナシト云.是、急就篇ノ橐吾ニシテ、釈名ノ橐吾ト同名ナリ。橐吾ハ欵冬ニ非ズ。本草ニ以テ一トスルハ誤ナリト、通雅ニ詳ニ弁ズ。正字通モ亦然リ。是、皆史游ガ急就篇ニ、半夏皁莢艾橐吾欵東貝母薑狼牙ト云,顔師古*ガ註ニ、橐吾似欵冬,而腹有糸、生陸地花黄色、一名獣須ト云ウヨリ宜ク従ベシ。然レドモ二書共ニ橐吾ヲ欵冬ト同名トセズシテ、皆フキノ内ニテ紅花ナル者ヲ歎冬トシ、黄白花ナル者ヲ橐吾トスルハ、非ナリ。」

*顔師古 【がんしこ】(581645)中国,初唐の文献学者。字は籀(ちゆう)。唐の太宗時代,王朝によって行われた文化事業,たとえば《五経正義》の定本づくりともいうべき五経本文の校定,《隋書》の撰述などに秘書監として参画。またその《漢書》注は後漢代以来の注釈の集大成であるとともに,祖父の顔之推,叔父の顔遊秦たちがきずいた家学の蓄積を継承する。そのほか《急就章》の注,文字学,音韻学に関するノート風の《匡謬正俗(きようびゆうせいぞく)》の著作がある。

★岡林清達・水谷豊文『物品識名 坤』(1809 )
「フキ                  欵冬                      」(右図,NDL)

本草図譜 NDL
★岩崎灌園(17861842)『本草図譜(刊行1828-1844)
本草図譜18濕草類6
「欵冬 やまふき
紫ふき
今ふきといふ薬用にはふきの花を用ふふきに数種あり赤ふき●花の蕾紫赤色にして開くときハ浅紅なり花戸(ハナト)に琉球ふきと云甲州身延山より出づ●是蘇頌の説に有二紅花一者と云本經逢原に花紫色有二白絲一者眞と云是也一種紫ぶきあり葉背紫色茎深紫色にて花淡紅色なり此二種紅花欵冬<百花録>ともいふ
一種 みづぶき
又白ふきともいふ茎葉淡緑色葉甚タ大●●●徑一尺餘高さ二尺許春月茎を食用す」

★内藤尚賢『増補古方薬品考(1842)
天保11(1840)年に稿が成り翌年に刊行。傷寒論、金匱要略に収載された薬物220余種について、その薬性、効用を論じる。また、挿図は写実性に富み、江戸末期における薬物基源を知るうえで大いに参考になる、まさに江戸後期の代表的薬物書といえる。★内藤尚賢『増補古方薬品考』(1842)
増補古方薬品考 NDL
「款冬 善ク喘- -氣ヲ治ス フキノタウ 款作 俗
【本經曰】款冬花 味辛溫.主-逆上-氣 善-痺,諸--癇寒-熱邪-【案】款冬冬月生味極 性順降 故有-スル- -
【射干麻黄湯】咳シテ而上気 喉中水鶏聲アリ
【撰品】款冬有二-生家-二種 倶 採其花未レ良 今藥舗皆採満開下品ナリ 又有倍(ベ)仁(ニ)不(フ)幾(キ) 莖-葉如クニシテ常品花紅色ニシテ愛 又有-田款(フ)冬(キ)二尺許 其花亦大ニシテ簇生 此二-藥用
〇款冬 冬先 若ニシテ蘘荷花(メウガノコ)而有毛茸 淡緑色ニシテ紫赤 後生-莖一-葉長スル者一二尺 葉圓ニシテ鋸齒粗

草木図説 フキ NDL
★飯沼慾斎『草木図説前編(草部)』(成稿 1852(嘉永5)ごろ,出版 1856(安政3)から62(文久2))草類1250種,木類600種の植物学的に正確な解説と写生図から成る.草部20巻,木部10巻.草部は1852(嘉永5)ごろ成稿,56(安政3)から62(文久2)にかけて出版された.
「巻十七 草部 第十九綱 下」「フキ 欵冬
形状衆ヨク通知シ啓蒙亦載之可見吾郷所在ノ品邦俗二種ニ分ツ.一ハ山野自生ノ品之ヲヂブキト云.一ハ家栽之品之ヲタウブキト云.甲者ハ形稍小ニシテ培養スルモ草二尺餘,葉柄ノ粗サ中指大ニ不過,色淡緑ニシテ根際僅ニ淡紅紫色ヲ帯,苦味多ケレドモ湯煠スレバ軟ニシテ味勝ル.乙者ハ余未ダ産處ヲ詳ニセズ.園畝多栽フ.高サ三尺ニ超エ粗大拇指ニ過.緑色ニシテ紫色ヲ帯ルコト亦多シテ濃ク,煠食ニ剛シテ味甲者ニ不及レドモ,ソノ大ナルヲ以テ人家多クコノ種ヲ栽テソノ用ニ供ス.共ニ早春葉ニ先ツテ花アリ.蕚短長二重,甲者ハ花ニ二種アリ,一ハ全房雌雄花ニシテ白色間マ淡黄ヲ帯ブ,一ハ邉圍全ク雄花ノミニシテ中心僅ニ四五或ハ十許ノ雌雄花ヲ具シテ白色,間マ周圍ノ雌蘂淡紅色ナルモノアレドモ,中心ノ雌雄花ニアツテハ必ス白色トス.乙者ハ花亦稍大ニシテ邊圍ノ雌花中心雌雄花ノ品ニシテ色ニ紅白ノ二種アレドモ全房盡ク雌雄花ナルモノアルヲ不見.又一種紅ブキナルアリ.近道自生ヲ不見.啓蒙云駿州身延山ニ出ト.草ヂブキノ形ニ同シテ.花茎鱗葉帯紅色.全房雌雄花ニシテ弁尖紅暈アツテ雌蕊白色
按林氏 Tussilago(トュシラゴ)羅 Haefblad(ウーフブラド)蘭ノ下ニ十種ヲ挙ク.コノ末ノ四種ハ全ク吾フキノ類ニシテ多クハ色形ニヨツテ分之ソノ第八種 alba(アルバ)羅 witte(ウェツテ)ナルハ全房雌雄花ニシテ白色ト云即チブキノ内全房雌雄花ナルノ品ニ當リ第九種 hybrida(ヒブリダ)羅 basterd(バステルド)蘭 ナル者ハソノ品ニ當ル第十種 Patasites(ペクシラス).Poddebald(ポッデブラド),ナル者ハ全房雌花ナシト云且阿須氏所圖已一帯紅色ナレバコノ紅ブキナルコト晰然タリ此他紫ブキ朝センフキ仙臺ブキ等ノ種アレドモ余未ガ花形ヲ締視セザレバ姑期後日之撿
一 ヂブキノ全房雌雄花者本然圖 甲 其一小全花郭大圖
                乙 紅ブキノ一小全花郭大圖
二 ヂブキノ中心雌雄花周圍雌花者本然圖 丙 其雌花郭大圖
                    丁 其帯紅色者郭大圖」と,フキノトウには雄花と両性花があることを記している.

上記慾斎の著作を増補・改定した★牧野富太郎『増訂草木図説』大正元年(1912)成美堂に,牧野は慾斎のフキの記述に追記して
〔補〕従來フキニ欵冬ノ漢名ヲ充ツ是レ誤ナリ 欵冬ハ即チ Tussilage Farfara L. ニシテ全ク別属ノ一種ニ属ス 未ダ我邦ニ産スルヲ知ラズト雖ドモ歐州ニハ之ヲ生ジ又支那ニ見ル葶末一頭花ヲ戴ク フキハ,多頭的ナルト同ジカラズ而シテ草情多少フキニ類ス我本草家ノフキト誤リシ所以ナリ.本文中タウブキハ即チアキタブキニシテ我邦北地ニ生ジ大ナルモノハ高サ人ノ身長ニ超エ大葉巨柄驚クベキモノアリ之ヲ Var. gigantean (Gald. Chron. 1897, II. P. 331).ト云フマタ本文中ノ紅ブキハ Forma purpurascens Makino. 是ナリ(牧野)」とし,欵冬はフキではなく,Tussilage Farfara L. であることを明らかにし,1000年近く続いた誤校定を訂正した.

頭註国訳本草綱目 款冬 牧野 頭注 (Internet Archive)
更に,牧野は★『頭註国訳本草綱目』白井光太郎(監修),鈴木真海(翻訳),牧野富太郎(考定)春陽堂(1929)の「草部 第十六巻 草之五 隰草類」の「款冬花(本經中品)」の項目名に於いて
「和 名 くわんとう,ふきたんぽぽ新稱
學 名 Tussilago Farfara L.
科 名 きく科(菊科)」とし,頭注に於いて「牧野曰フ,従来款冬ヲ我邦ノふき(Petasites japonicus Miq.)ニ充テ來レドノ是レハ全ク誤リデアル,款冬ノ葉ハ廣キ心臓形ヲナシ葉縁角ハリ或ハ浅裂シ葉裏ハ白毛ヲ密布シテ居リ花ノ後ニ出ヅル,花ハ花梗上ニ一輪ヅツ咲キ頭状花ヲナシ鮮黄色ヲ呈スル,歐州,亜細亜,北亜非利加ニ分布シ隣國ノ支那ニハ産スレドモ我日本ニハ生ジテ居ナイ,植物名實図考巻ノ十一ニアル款冬ノ圖ハつわぶきヲ畫イタモノデ眞物デハナイ.」と,欵冬(Tussilago Farfara L.)の和名として「フキタンポポ」を提示した.これが,フキタンポポの名称の初出と思われる.

植物分類研究 第八圖
Google books
★牧野富太郎『植物分類研究 下』誠文堂新光社(1936
「第六圖版 款冬花 「綱目」巻ノ十六,草ノ五,隰草類下 ふきたんぽぽ(牧野命名,葉ハフキニ似,花ハたんぽぽニ似テヰルカラノ名) キク科(Compositae
【異名】款冬 橐吾(同名アリ) (中略)
【学名】Tussilago Farfata L., (中略)
○支那竝ニ北西亜細亜,歐州,北阿弗利加ニ産スレドモ絶テ我日本ニ見ヌ○従來我邦デハ此款冬ヲふき()マタ款冬花ヲふきのたうダト思ッテヰタガ其レハ全然誤レデアッタ.稲生若水,松岡恕庵,貝原益軒,小野蘭山,水谷豊文等ノ如キ歴代ノ碩学デモ其誤認ニハ遂ニ気附カナカッタ.故ニ今日デモ尚舊來ノ習慣ニ因テフキヲ款冬ト書ク人ガ多イ.『綱目』款冬ノ文中ニ「十二月開黄花,青紫萼云々」トアルノヲ見テモ其レガふきデナイ事ガ直グ判カル○歐州デハ其葉ヲ藥用ニ供シタノデ一度我邦ノ藥局方デモ之ヲ採用シタガ今ハ廃シタ.○醫藥方面デハ従來之レヲ●失喇●(チュフシラゴ)ト音譯シテヰタ,ソシテ當時ノ諸學者皆支那ノ款冬ヲ我フキトト誤認シキッテヰタノデ實ハ其款冬ガマサニ其品デアッタコトヲ暁?ラナカッタ●唐ノ張籍ノ詩ニ「僧房逢着款冬花 出寺吟行日已斜 十二街中春雪遍 馬蹄今去入誰家」トイフノガアルガ此作者ハ機敏ニ事物ヲ其詩中ニ採リ入レ爲メニ其詩境躍然誠ニ興趣ノ餞?イノヲ覺ユル
『救荒本草』款冬花ノ上欄ニ松岡玄達ガ「達按史游急就章對學款冬橐吾自是二物此混爲一者襲綱目之誤」ト記シタノヲ見タ江戸ノ醫,大舘徴菴ガ之レヲ駁シテ「松岡標注襲綱目之誤トハ可笑救荒ハ明ノ永楽四年周憲王ノ著ス所也綱目ハ萬暦二十四年時珍ノ子李建元ノ奉ル所ナリ救荒ヨリ後ナル事百九十一年也何綱目ノ誤ヲ襲ハンヤ」ト徴菴ノ手澤本ノ『救荒本草』ニ記入シテヰル  (昭和七年 (1932)九月十五日發行『本草』第三號所載)

牧野富太郎『随筆 植物一日一題』東洋書館(1953
「欵冬とフキ
 昔から我国の学者は山野に多い食用品のフキを千余年の前から永い間中国の欵冬だと思い違いしていた。ゆえに種々の書物にもフキを)欵冬と書いてある。ところが明治になって初めて欵冬はフキではないことが分ったが、それでもまだなお今日フキを欵冬であるとしている人を見受けることがまれではない。殊に俳人などは旧株を墨守して移ることを知らない迂遠を演じて平気でいるのは世の中の進歩を悟らぬものだ。
 フキは僧昌住(しょうじゅう)の『新撰字鏡(しんせんじきょう)』にはヤマフヽキとあり、深江輔仁(ふかえのすけひと)の『本草和名(ほんぞうわみょう)』にはヤマフヽキ一名オホバとあり、また源順(みなもとのしたごう)の『倭名類聚鈔(わみょうるいじゅしょう)』にはヤマフヽキ、ヤマブキとある。これでみればフキは最初はヤマフヽキといっていたことが分る。すなわちこのヤマフヽキが後にヤマブキとなり、ついに単にフキというようになり今日に及んでいる。そしてフキとはどういう意味なのか分らないようだ。
 フキはキク科に属していて Petasites japonicus Miq. なる学名を有し、我が日本の特産で中国にはないから、したがって中国の名はない。欵冬は同じくキク科で Tussilago Farfara L. の学名を有し、これは中国には見られども絶えて我国には産しない。そして一度もその生本が日本に来たことがない。これは盆栽として最も好適なもので、春早くから数葶(てい)を立て各葶端にタンポポ様の黄花が日を受けて咲くので、私はこの和名をフキタンポポとしてみた。
 この欵冬は宿根生で、早くその株から出た花がおわると次いで葉が出る。葉は葉柄を具(そな)え角ばった歯縁ある円い形を呈し、葉裏には白毛を布いている。本品はかつて薬用植物の一つに算えられ、欧州には普通に産する。そして西洋では多くの俗名を有すること次の如くである。すなわち Colts-foot(仔馬ノ足)Cough wort(咳止メ草)Horse-foot(馬ノ足)Horse hoof(馬ノ蹄)Dove-dock(鳩ノぎしぎし)Sow-foot(牝豚ノ足)Colt-herb(仔馬草)Hoof Cleats(蹄ノ楔)Ass's foot(驢馬ノ足)Bull's foot(牡牛ノ足)Foal-foot(仔馬ノ足)Ginger(生姜グサ)Clay-weed(埴草(ハニクサ))Butter bur(バタ牛蒡)Dummy-weed(贋物草)である。
 欵冬は早春に雪がまだ残っているうちに早くもその氷雪を凌いで花が出る。「欵ハ至ルナリ、欵冬ニ至テ花サクユエ欵冬ト云ウ」と中国の学者はいっている。欵冬にはなお款凍、顆欵冬、鑚欵冬などの別名がある。
 日本のフキを蕗と書くのもまた間違っている。フキには漢名はないから仮名でフキと書くよりほか途はない。フキでよろしい。これがすなわち日本の名なのである。」

牧野富太郎『植物一家言』北隆館(1956
款冬の本物
 支那に款冬と謂はれる,植物が在り,是れは亦,欧州でも見られるが,日本には,無い,其れ故,日本の学者は,款冬を,我がフキだと勘違ひ爲て居た次第で在る,款冬は,日本には無いけれど,私は先繰りして,之が和名を,フキタンポポと爲て見た,葉はフキの様で,花はタンポポの様だからで在る,学名は Tussilago farfara L. で在る.」
款冬花
唐(タウ)(中華)の張籍の詩に
款冬花「僧房逢着款冬花,出寺吟行日已斜,十二街中春雪遍,馬蹄今去入誰家」(訳)僧房逢着ス款冬花,寺ヲ出デテ吟行スレバ日已斜メナリ,十二街中春雪遍ネシ,馬蹄今去テ誰ガ家ニ入ル」と云ふ有名で人口に膾炙した詩がある,サテ此詩中に読み込まれている款冬花とは,抑も何んな植物であるの乎と釋ねてミルと此れはキク科に属する宿根草で,春早く雪中に在て黄色の花を発らく者である,其れは恰うど我がフキと(蕗の漢名は中らず)即ち Petasites japonicas Miquel と花期を同じくする者だ,学名を Tussilago farfara Linnaeus と謂ひ,支那の外では,欧州にも産するが併し我が日本には生じてゐない.特に早春に花が咲くので,献歳の花として福壽草と同様に,観賞に値する花草であるから何とかして日本に取り寄せたならば,勿論喝采を博する者と思はれるど(ママ),未だ今日に至るも,誰一人,之を輸入した者が無い.」

「一九七四(昭和四九)年ごろにフランスから種子を空輸して栽培に成功したのが始まりです。折しもハーブという概念が導入され、ハーブキャンディーが紹介されました。繁殖力旺盛で、日本のフキと同じ効果があります。(正眼短期大学)」

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