2015年11月22日日曜日

マルバアサガオ-5 種子は幻覚剤? Flowers and Their Histories,フランシスコ・エルナンデス,オロリウキ,ウルビナ,ホフマン,LSA含量=0.

Ipomaea purpurea
2015年11月 茨城県南部
アサガオ (Ipomaea nil) は日本へ中国から奈良時代に移入されたが,観賞用としてよりは,その種子の瀉下剤としての薬用の有用性が高く評価されたからであり,マルバアサガオにも同様の薬理活性があるとされている.(前記事

一方,マルバアサガオには,幻覚剤としての作用があるかもとの記述もある.★Alice M. Coats "Flowers and Their Histories" Adam & Charles Black, London (1956), p58 には,Convolvulus C. Major (syn. Ipomoea purprea). Morning Glory. - - -. In 1963, alarm and despondency were created by the news that American Drug-addicts were chewing the seeds of Morning-glory to produce hallucinations, and the sale of them in Britain was prohibited for a time while investigation were being made; but the seeds were eventually pronounced to be harmless.” 1963年には,アメリカの薬物濫用者たちがこのマルバアサガオの種を噛んで幻覚を楽しんでいるとの落胆すべき警報があり,英国では調査の期間中,一時種子の販売が禁止された.しかしその後,種子は無害であると公表された.私訳).とある.

これには,「種子は無害である」とされているが,実際にはそのような幻覚作用があるとの報告もある.
Wikipedia(E) Ipomoea purpureaの項には “The triangular seeds have some history of use as a psychedelic; they, like Ipomoea tricolor contain LSA. Effects are reported to be somewhat similar to those of LSD.“ とあり,種子は幻覚剤として使用されていた歴史があり,幻覚剤として有名な LSD (リゼルグ酸ジエチルアミド, d-lysergic acid diethylamide)と化学構造が類似している LSA (リゼルグ酸アミド, d-lysergic acid amide)が含まれているとの報告があると読める.

ヒルガオ科の種子に幻覚作用があることは,アメリカ中南部の先住民たち,アズテックやその近隣の部族には知られていて,サボテンのペヨーテ,テオナナカトルと呼ばれるキノコとともに,ヒルガオ科のオロリウークイ Oliliuhqui,” の種子が,主に宗教的な儀式で神官たちによって用いられていた.

最初にヨーロッパに,メキシコ地方でこのヒルガオ科の植物の種が幻覚剤として用いられていると報告したのは,スペイン王フィリップ二世のために,1570 1575年にメキシコの動植物探索を行ったスペイン人の医師フランシスコ・エルナンデス・デ・トレド (Francisco Hernández de Toledo, 1514 –1587) で,彼の死後 1651年にローマで出版された "Rerum medicarum Novae Hispaniae thesaurus, seu plantarum, animalium, mineralium mexicanorum historia" "De Oliliuhqui, seu planta orbicularium foliorum" の項目に,彼は簡単な図と共に,以下のように記述した(左図).

「オロリウキ Oliliuhqui coaxihuitl 或は ヘビの草snake-plantとも呼ばれ,薄い,緑色の心臓型の葉と,しなやかでやや先細の円柱形の莖を持つ蔓草で,長い白い花をつける.
種子はコリアンダーに非常によく似ていて丸いので,Nahuat 語で「丸いもの」と言う意味の ololiuqui が植物の名になった.根は繊維状で細い.その植物は第四度の Hot である(?).これは,梅毒を治し,寒さによる苦痛を和らげる.これはまた,鼓腸を癒し,腫瘍を取り除く.少量の樹脂と混ぜたものは,寒けを去り,著しい程度で脱臼・骨折・女性の骨盤の悩みを(和らげるのを)刺激し,救う.種子はある種の薬物として使われる.粉砕物や煎じ汁を摂取するか,ミルクとチリと共に湿布として頭や額に用いると,目の故障を治すといわれている.服用されると催淫薬として作用する.それは刺激的な味がしてHot である.
Turbina corymbosa
左:Edwards’s Botanical Register, vol. 29 t. 24 (1843) 
 右: ** R. Evans Schultes より
昔は神官が彼らの神たちと交信し,彼らからのメッセージを受けたいと願うときには,この植物を食して譫妄状態を引き起こす.無数の幻影と悪魔的な幻覚が現われる.
作用の様子から,この植物はディオスコリデスのSolanum maniacum* と匹敵する可能性がある.これは野原の暖かいところに生育する.」
*ベラドンナ(Atoropa beladona)か?
R. Evans Schultes “A Contribution to our Knowledge of Rivea corymbosa. The Narcotic Ololiuqui of the Aztecs”**(1941) の英訳よりの私訳)

この植物は 1897 年にメキシコの植物学者 Manuel Urbina y Altamirano (1843 – 1906) によって Rivea corymbosa (Ipomoea sidaefolia (HBK.) Choisy) (syn. Turbina corymbosa) と同定された.
引退したニューヨークの投資家で,斬新的な民俗学者でもあるワッソン(R. G. Wasson, 1898 - 1986)夫妻は,メキシコ南部,オアキサカのザポテック族の呪術者から,幻覚剤として用いられている茶色と黒,二種の種子を入手して, LSDの合成者であるアルバート・ホフマン (Albert Hofmann, 1906 - 2008) に提供した.
ホフマンは1959年に茶色の種子を Rivea corymbosa と同定し,幻覚誘起物質を単離し,LSD の類似物質 LSA (リゼルグ酸アミド, d-lysergic acid amide)と同定した.また,現地で “badoh negro” と呼ばれる黒い種子は,Ipomoea violancea (syn. Ipomoea tricolor) の種子としたが,それにも同じ幻覚誘起物質 LSA が含まれていることを見出した(The Discovery of LSD and Subsequent Investigations on Naturally Occurring Hallucinogens, The Psychedelic Library Homepage).
彼はIpomoea violancea(キバナハマヒルガオ)と I. tricolor (ソライロアサガオ)とを同一種としていたようだが,後に分かったように,後者のそれには Rivea corymbosa とほぼ同程度の LSA が含まれていることから,彼が分析したのはソライロアサガオの種子と考えられる.

1994年7月 Heavenly-Blue
しかしこのようなアルカロイドが,高等植物の種子から発見されたのは初めてで,一方では,ムギに発生する麦角菌から麦角アルカロイドが発見されたように, Ololiuqui から得られた LSA およびその他のリゼルグ酸アルカロイドは種子に発生した菌もしくは汚染により付着した物質から得られたものではないかとの疑問がもたれた.Taber 等はこの疑点を解決するため,種子を胚,胚軸,子葉,皮の部分,皮下の樹脂状部分に分れそれぞれについてアルカロイドの抽出を試み.胚,胚軸,子葉にはアルカロイドが存在するが,皮や皮下には存在しないことを明らかにした.また同時に,種子についている菌52種を分離しこれらの菌にもアルカロイドが含まれていないことを確認したので,LSA およびその他のリゼルグ酸アルカロイドは確実に種子中に含まれているものであるとの結論に達した.(Phytochemistry 2, 99-101 (1963))

その後もいくつかのアサガオの仲間の種子中のリゼルグ酸関連アルカロイドの分析が行われた.
その結果,日本でもグリーンカーテンとして人気のあるヘブンリー・ブルーなど,「セイヨウアサガオ」の名で市販・栽培されているソライロアサガオの種子には,かなりの量の幻覚誘起アルカロイドが含まれているのに対し,アサガオ,マルバアサガオには,全くか殆んど含まれていないことが判明した.従って,冒頭の二記事のうち,Wikipedia の記事に従ってマルバアサガオの種を摂取しても,幻覚は体験できず,下痢になるだろうと思われる.









A: TLC
B: 発色法


Species
variety
Percent alkaloid
 on fresh wt. basis
Total alkaloids
(% of fresh weight)


Ololiuqui
Rivea corymbosa,
タービナ・コリボサ
 
0.056
0.045


Ipomoea tricolor
ソライロアサガオ
Pearly Gates
0.041
0.032


Wedding Bells
0.037
0.030


Flying Saucers
0.030
0.057


Heavenly Blue
0.029
0.025


Ipomoea purpurea
マルバアサガオ
Tall Mixed
0.000
-


Crimson Rambler
0.000
-


Ipomoea nil
アサガオ
Royal Marine
0.001
-


Scarlet O'Hara
0.001
-


Darling
0.001
-


Candy Pink
0.000
-


Double Rose Marie
0.000
-


Miyako no kokoro
-
0.001







A:  K Genest "A direct densitometric method on thin-layer plates for the determination of lysergic acid amide, isolysergic acid amide and clavine alkaloids in morning glory seeds", Journal of Chromatography A  19, 531-539(1965)
B:  丹羽口徹吉「LSD および Convolvulaceae (ひるがお科)植物に含まれるリゼルグ酸アルカロイドについて」 衛生化学 15(1) 1-8 (1969)

また,東野圭吾はリゼルグ酸アルカロイドの幻覚誘起作用(自白剤としての効果)と,幻の黄色い変化アサガオとを結びつけて,『夢幻花(むげんばな)』PHP研究所 (2013) という小説を上梓したが,アサガオ(Ipomoea nil)には,いくら黄色い花でもリゼルグ酸アルカロイドは含まれていないであろう.

一方,ソライロアサガオの種子のアルカロイドの濃度は高いので,幻覚誘起作用があっても不思議はない.
J-Wikipediaの「リゼルグ酸アミド」の項には,「ソライロアサガオにも含まれ、ヘブンリー・ブルー、パーリー・ゲート、フライング・ソーサーといった品種に含まれている。種子を粉末にして飲料に混ぜて飲むことでLSDと同様の体験が起こるが、副作用として吐き気や下痢を伴う.」とある.
ソライロアサガオの品種名に,天国,天国の門や UFO が使われているのは,幻覚をイメージしたのかと勘繰りたくなる.

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