2015年2月17日火曜日

ヤブミョウガ-8/8 岩崎灌園『杜若考』,中山伝信録物産考,草木育種,紹興備急本草

Pollia japonica

中国本草の「杜若」を日本のどの植物に校定するかは,古くから混乱していた.(前記事 1-5, 7
江戸後期の本草学者,岩崎灌園(本名 常正,1786 - 1842)は,これが,「アオノクマタケラン」であると校定した.彼は,実際に巣鴨の植木屋から苗を得て,自分の庭で育てて花を咲かせ,花の形状や根の色,その味などを確認した.その経験に基づき,文化十四年(1817)に著した『杜若考』で,「杜若」はカキツバタでもヤブミョウガでもなく,アオノクマタケランであることを明らかにした.また,ヤブミヤウガは本草綱目の蘘荷の項,修治の条にある「革牛草」であるとした.

この『杜若考』の写本の影印が NDL から公開されているので(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2535614),以下に読みにくいカタカナ文をひらがな文にして示す.植物名はカタカナとしたが,「青ノクマタケラン」は「アオノクマタケラン」とはせず,そのままとし,太字で示した.また適宜,句読点,かぎ括弧,改行を入れたが,送り仮名は出来るだけ原文に沿った.なお,本写本にない原本に添付されていたと思われる図は,これも公開されている安政6 年 [1859] の写本(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2539352)より引用した(左図).

杜若考
常正按するに杜若に同名あり.名物方言に白芷を杜若と云,また葯圃回春に鶏冠を杜若と云.皆同名異物なり.康類本草・藻塩草・名物六帳等の書にカキツバタを杜若と書すれども,是に非す.輪池先生*云カキツバタに杜若の字を用るは,能因が題林抄・堀河百首などや始りなりけん云云.貝原*・寺嶋*等かきつはた燕子花なりと云.此説を得たりとす.「漳州府志に云紫花全類燕子一枝数葩漳人名為紫燕」と云.又周氏類書海潮懸心等に載たり.

カキツバタ,万葉集に垣津幡また垣幡とも云.蔵玉集に皃吉草と云坂東に茟花と云羅甸語にて「イリス」と云.三河國八つ橋名所なり.予採菜の時,常陸國浮島松の名産也の水邊を過,其邊多しとも,カキツバタに数種あり.四季咲きあり,蜀江あり,鷲の尾あり,全く白色なるは稀也.又六辧(ろくよふ)あり.皆下にたれて八重の形状に見ゆ.妊娠の婦人カキツバタの根を食ば堕胎す.然れば毒あるものなり.

中山伝信録物産考
NDL
杜若は神農本經には載る上品無毒のものなれば,混すべからず.白氏文集「昆明春水満々今來緑 水照晴天遊魚々蓮田々洲香杜若抽心短」とあり,又殷璠が詩に「緑水満溝生杜若」(廣群芳譜)などあれとも,花のことを言ざれば,カキツバタともなしがたし.白氏ひとり云処の杜若にして漢土の書に於て水草の杜若と云物あることを聞す.唐の白楽天は梁の陶弘景より後の文人なれば,何の草を見て杜若としたるや.治療にあつからぬ人なれば證とすへからず.又明の殷璠が詩もかの白氏に効ふもの歟.

本邦カキツバタを杜若と書せしは,白氏文集より始るべし.然るをその後順和名鈔に馬蘭を加木豆波太と訓じて杜若を載せず.又深江氏本草和名に杜若の和訓を記さヾるは其頃杜若に充るべき物なければ,中山傳信録に杜若を花の例に入る**.これ琉球は固より和語を用ゆるなり云々.

陶弘景説ところの杜若は,(高)良姜に似て又旋葍根に似たりと云.此旋葍根は旋葍花(ヒルガホ)のことに非す.弘景曰,旋花東人呼て山薑となす根は,杜若に似て,其葉薑花に似て,赤色味辛.此旋花即其花なり云々.蘓恭曰,陶説の山薑爾と云を見れは,陶氏云旋葍根は山薑を指て云こと明也然るを,稲若水*はしめ,貝原等,陶氏云旋葍根をひるがほと誤り見て,ヤブミヤウガを充るは非なり
本草図譜 NDL
ヤフミヤウガは山陰の地に多し.葉は箬(チマキザサ)に似て軟にして,尖り一莖に葉周り付て風車に似たり.夏月葉中に莖を抽て穂をなし,小き六辧の白花を開き,後実を結て麦門冬の実の如く熟して碧色なり.根白くして箸の大さ.土中を延,根の味淡く微し渋して香気更になし.杜若の如き,芬芳辛味のものに非す.楚辞云山中人兮芳杜若と云.これ其香を賞するなり.綱目杜若修治雷斅曰凡採得根以刀刮去黄赤皮と云.ヤブミヤウガの根には黄赤皮なし.ヤブミヤウガは綱目蘘荷の修治革牛草なるへし

予先年巣鴨の花戸にて一種の草を求む.俗に青ノクマタケランと名く.長崎にて和高良姜と云,和蘭本草中の「ガリガーン」羅甸にて「ガランガ****」と云ものの種類也.此を園中に栽,親く形状氣味を試,高良姜(クマタケラン)に類して,高さ二尺余葉は山姜(ハナミヤウガ)に似て濶く,莖緑にして高良姜より頗瘠せたり.冬凋ます.夏月梢に三四尺の穂をなして花あり.白色にして中心淡紅を帯て黄蘂あり.寒地ゆへ実を結ばす.クマタケランの如,花紅にして大なるに異なり,莖葉ともに芳香.根も又高良姜に似て,黄赤皮あり.味辛し.青ノクマタケランは寒を恐る.高良姜の培養と同し.クマタケランの養やうは,予か著ところの草木育種菜品類に載.青ノクマタケラン紹興備急本草に載處の杜若の圖と符合す.

草木育種 NDL
綱目杜若集解弘景曰「今處々有之葉似薑而有文理根似高良姜而細味辛香又絶似旋葍根(前に云ごとく陶氏説ところは山姜のことなり)始欲相乱葉小異爾」と云.即是也.
田村氏*の説に,杜若はナガレンバ八丈島三宅島多くあり.また伊豆の喜佐美邊にもありと云.此もの青ノクマタケランの事なるべし.予が園中に養う青ノクマタケランの形状を自ら写生し,僅に臆見を記すのみ.

紹興備急本草 WUL
文化丁丑季冬書干又玄堂 岩﨑常正

* 屋代輪池(弘賢),貝原益軒,寺嶋良庵,稲生若水,田村藍水
** 田村藍水 『中山伝信録物産考』(1769稿) 写本 NDL

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