2014年7月25日金曜日

クガイソウ(2/3) 威靈仙 開宝本草,本草綱目,圖經本草,植物名實圖考,質問本草,頭註 国譯本草綱目

Veronicastrum japonicum
2004年8月 長野県 八方尾根
日本において,威靈仙=クガイソウと誤って比定され,江戸時代の本草家たちもその誤りは認識していたようだ.

秩風湿薬として,おもに神経痛やリウマチなどの治療に用いられる漢薬「威靈仙」は,宋の馬志『開宝本草』(974)に初めて収載された.

この薬草の由来について,李時珍著『本草綱目(1590) には,「頌曰唐貞元中(785 - 805年),嵩陽子周君《威靈仙傳》云先時,商州有人病手足不遂,不履地者數十年。良醫殫技莫能療。所親置之道旁,以求救者。遇一新羅僧見之,告曰此疾一藥可活,但不知此土有否因,為之入山求索,果得,乃威靈仙也。使服之,數日能履。其後山人鄧思齊知之,遂傳其事。」(宋の蘇頌の『圖經本草』(1061)には,「嵩陽子周君作った《威靈仙傳》に,中国唐代のころ商州(現在の陝西省南部)に,手足がきかず,数十年歩けない男がいた.良醫も種々の療法を試みたが,治療することができなかった.家人はこの病人を街道の道端に座らせ,救える人を求めた.たまたま新羅(朝鮮半島)からの僧侶がこの病人を見て「この病気は一種類の薬草で治すことができる.しかしその草がここにあるものかどうかは知らない」と告げた.そこで近い山に入って探してもらったところ,その薬草が見つかった.これが,威靈仙であった.これを患者に服用させたところ,数日後には自力で歩くことができるまでに回復した.その後,道士の鄧思齊がこのことを知り,伝えた)」とある.
従って,威靈仙は元来朝鮮半島で使用されていたが,当時の中国では,あまり知られていなかった薬物であったと思われる.

開宝本草』での植物の性状に関する記載には「出商州上洛山及華山并平澤,不聞水聲者良.生先于眾草,莖方,數葉相對.花淺紫,根生稠密,久益繁.(威靈仙は商州の上洛山と華山,並びに平澤*に出る.水聲を聞かない物がよい.多くの草に先駆けて生えるもので,莖は四角で数枚の葉が相対して着く.花は薄紫で,根は密生しており,年を経るとますます繁る)」とある.(*この「平澤」は地名と解すべきであろう)

一方,『圖經本草 草部 下品之下 卷第九』には, 「威靈仙 出商州上洛山及華山並平澤,今陝西州軍等及河東、河北、京東、江湖州郡或有之.初生比眾草最先,莖梗如釵股,四棱;葉似柳葉,作層,層六、七葉,如車輪,有六層至七層者;七月生花,淺紫或碧白色,作穗似莆台子,亦有似菊花頭者;實青;根稠密多須似谷,年亦朽敗.(威靈仙は商州の上洛山と華山,並びに平澤に出るが,今は陝西州軍等及河東、河北、京東、江湖の州郡にもある.多くの草に先駆けて生え,莖は釵股(さこ,簪)の如くで四角である.葉はヤナギの葉に似ていて六、七葉が車輪のようについて層をなし,六層から七層になる者がある.七月の淺紫または碧白色の花をつける.莆台子に似た穂になっていて,また,菊の花頭に似たものもある.根は密生していて鬚が多く,毎年朽敗する.)」とあり,産地別の四種の威靈仙の図がついている(左図:後世の本草図より復元されたもの)

このような威靈仙の性状の記述及び圖經本草の添付図が,日本における威靈仙の比定に混乱を招いたと思われる.
威靈仙の真起源はテッセン類の Clematis chinensis である事は,現在広く認められているが,日本では江戸時代までクガイソウが威靈仙とされていた.その大きな根拠は圖經本草の添付図にある.このような図が描かれた背景について,富山医科薬科大学・和漢薬研究所の難波恒雄らは,『開宝本草』が作成された段階では,テッセン類が用いられていたが,『圖經本草』が作成された地方ではテッセン類が分布せず,代わりにクガイソウが一時的にせよ代用に使われていた.そのため,威靈仙としてクガイソウの性状を開宝本草のそれに挿入したうえで,クガイソウの図を用いたと推定している(生薬学雑誌 37(4): 351-360, (1983)).
本草綱目金陵本. 第1冊
(序・総目録・附図巻之上)

本草綱目 草之七 蔓草類』には,著者の時珍の追加コメントとして「其根年旁引,年深轉茂。一根叢須數百條,長者二尺許。初時黑色,乾則深黑,俗稱鐵威靈仙以此。別有數種,根須一樣,但色或或白,皆不可用。(その根は毎年傍らに伸びて,年を経るとよく茂る.一株の根に数百本の鬚根が群がって長いものでは二尺ほどになる.初めは黑色だが,乾けば濃い黒色になる.俗に鐵威靈仙と稱するのは,このためである.別に数種あって鬚根は同様だが,ただ色の白いもの,黄色いものは用いるべきではない)」とある.
この書に添付された図は,圖經本草の添付図を,「蔓草で,莖に陵がある」風に書き換えたので,ますます現実離れした植物の図になってしまった(右図,NDL).

難波恒雄らによれば,日本へ威靈仙の知識がもたらされたのは,12世紀に入ってからで,当時輸入された『証類本草』には明らかにクガイソウと思われる図が載せられている(左図,NDL).しかし,17世紀に至るまでわが国でクガイソウを実際に医薬品として用いたような記録はなく,当時中国から輸入された威靈仙はクガイソウの地下部とはかなり形態の異ったものであったと考えられる.とのこと.

この事は「クガイソウ (1/2)」に記したように,古くから多くの本草家に認識されており,和産の威靈仙(クガイソウ由来)を偽品としたり,輸入品を用いることや,更に中国からの輸入品が品不足の時には,クガイソウではなくテッセンを用いることを勧めたりしている.従って早くから,「クガイソウ≠威靈仙≒テッセン」の認識は本草家の間では一般的であったと思われる.

一方,清末の官吏で植物学者の呉其濬(1789 - 1847)著の『植物名實圖考(1848 ) 三八巻と『同長編』二二巻は,薬草のみならず植物全般を対象とした中国初の本草書として名高い.『図考』には実物に接して描いた,かつて中国本草になかった写実的図もある.その「巻之二十 蔓草」には,それまでの中国本草の挿図とは全く異なる威靈仙が描かれていて,これは Clematis chinensis (和名,サキシマボタンヅル)であると考えられる.本文では,多くの薬草が威靈仙として乱用され,患者の命にまで関わることを憂いている(ようだ).このころには,中国では「威靈仙=Clematis chinensis」と広く認識されるようになっていたのであろう.

日本においては,
1789年に完成した呉継志『質問本草』において,琉球諸島に生育する「サキシマボタンヅル(Clematis chinensis)」を中国本草家に質問したところ,「威靈仙」とも同定されたとされているので,『植物名実図考』より50年近く早く両者の可能性が確認されていた(「クガイソウ (3/3))

Curtis Botanical Magazine
C florida(1805) テッセン
一方,『頭註 国譯本草綱目 第六冊』原著 明李時珍 監修・校注 白井光太郎 考定 牧野富太郎ら(春陽堂)(1941 の「威靈仙 せんにんさう Clematis sp うまのあしがた科(毛茛科))の頭註には、「牧野曰ク、学者ガ威靈仙ニ充ツル支那ノ植物ニ Clematis(センニンサウ属)ノ数種ガアツテ何レガ其正品デアルカ能ク分明セヌ。即チ其充テアル品種ハ C. Armandi, Franch.C. Chinensis, Retz.C. recta, L., Type 品ハ支那ニハナイヤウダカラ是レハ其変種カ或ハ別種ノモノカト思フ。蘭山ハ威靈仙ヲ草本ト藤本ニ分チ藤本ノモノヲモチてつせんトシテ居ルガ其レハ秘伝花鏡ニ鐵線蓮(莖本ガ鉄線ニ似タルユエニ名ク)ヲ威霊仙トシテアルノミナラズ、本書ニモ鐵脚威靈仙(根ガ乾ケバ深黒ニナルユエ名ク)トシテアルノデ旁ガタサウ極メタルモノト思フガ此レモ一説デアル。其草本ノモノヲゴマノハグサ科(玄参科)ノくがいさう(Veronica virginica, L. var. sibirica, Miq トシテ居ルガ是レハ贅事デ蘇頌ノ説ク植物ハ蘭山ノ云フガ如ク此くがいさうデハナクテ、全ク何カ別ノ植物デアルカラ蘭山ノ説ハ成立セヌ。
木村(康)曰ク、威靈仙ニ鐵脚威靈仙ト草本威靈仙ノ二種アリ。前者ニテツセン類ヲ後者ニくがいさうノ類ヲ充ツ。市場ニ出ヅルモノハテツセンノ形質ヲ有ス。藤田直市博士)」と,まだ数種のテッセン類を候補に挙げているが,Clematis chinensis もその中に入っている.

現代中国においては威靈仙は Clematis chinensisであるとされ,別稱 鐵威靈仙,鐵角威靈仙,鐵靈仙,鐵鐵線蓮,鐵耙頭,鐵掃帚,鐵威靈 ,鎮南威靈仙,南方威靈仙,中華威靈仙,華中威靈仙,華鐵線蓮,黑威靈仙,黑靈仙,黑鬚公,黑須公,黑老婆秧,黑木通,鐵靈仙,小木通,軟靈仙,杜靈仙,靈仙,青風藤 (秦),青風藤根,青岡藤,青龍鬚,青龍須,老虎鬚 ,老虎須,老君須,剪刀風,剪刀草,對子草,白錢草 (安徽),藥王草,移星草,馬蹄草,仙花草,老牛仙,牛間草,牛九穿,牛杆草,山姜辣,山辣子,辣椒藤,搜山虎,聞鼻丹,烏頭力剛,百根草,百條根,七寸風,九成介,九芩串,九里火,滿山香,一把鎖,避蛇生,穿山甲,能消 等と呼ばれ,能祛湿・利尿・通痛・治寒湿・偏疼など多くの強い薬効があるとされている.

一方,クガイソウの方は,日本名の影響を受けたと思われる草本威靈仙の名の他に,九蓋草,狼尾巴花,九節草,山鞭草,草玉梅,九輪草,斬龍劍,稈桿升麻,草龍膽,山紅花,二郎箭などの名を持ち,祛風除濕・清熱解毒.主感冒風熱・咽喉腫痛・腮腺炎・風濕痹痛・蟲蛇所傷などの薬効があるとされている.

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