2013年9月7日土曜日

サンカヨウ(3/3) 鬼臼 新修本草・本草和名・延喜式・本草綱目・和漢三才図会・本草綱目啓蒙・梅園草木花譜,増補古方薬品考

Diphylleia grayi
2007年06月 尾瀬
サンカヨウ(2/3)に,「江戸時代の園芸書・本草書には殆んど記載がなく,見つけることが出来たのは,幕末の『草木図説前編』のみ」と記したが,その後,サンカヨウが漢本草の「鬼臼」と誤比定されていて,古くから薬草として用いられていた可能性があることが分かった.

古くは薬用として中国から輸入されていた植物は,乾燥され修治され,その原形を留めてはいなかった.また,基本となる中国の本草書には精密な絵も無く,植物の形状を記述する文章のみが,和産の植物を比定する根拠であった.従って中国特産の植物については誤比定が避けられなかった.

奈良時代に中国から輸入され,当時の薬物学の基本とされていた『新修本草』に,鬼臼の記事がある.
★梁の陶弘景(456年-536年)は、『神農本草経』に補注を加えて、730種の薬名を記録し、本草学の基礎を築いた。後、659年になって『新修本草』が勅撰され、陶弘景の書に修改が加えられた。
新修本草』 「玉石、草、木 卷第十一
鬼臼      味辛、溫、微溫,有毒。主殺蠱毒鬼疰精物,辟惡氣不祥,逐邪,解百毒。療咳嗽喉結,風邪煩惑,失魄妄見,去目中膚翳,殺大毒,不入湯。一名爵犀,一名馬目毒公,一名九臼,一名天臼,一名解毒。生九真山谷及宛朐。二月、八月采根。
畏垣衣。鬼臼如射幹,白而味甘,溫,有毒。療風邪鬼疰蠱毒。九臼相連、有毛者良,一名九臼。生山谷,八月采,陰幹。又似鈎吻。今馬目毒公如黃精,根臼處似馬眼而柔潤;鬼臼似射幹、術輩,有兩種:出錢塘、近道者,味甘,上有叢毛,最勝;出會稽、吳興者,乃大,味苦,無叢毛,不如,略乃相似而乖異毒公。今方家多用鬼臼,少用毒公。不知此那複〔謹案〕此藥生深山岩石之陰。葉如蓖麻、重樓輩。生一莖,莖端一葉,亦有兩歧者。年長一莖,莖枯爲一臼。假令生來二十年,則有二十臼,豈惟九臼耶?根肉皮須并似射幹。今俗用皆是射幹,及江南别送一物,非真者。今荊州當陽縣、硖州遠安縣、襄州荊山縣山中并有之,極難得也。」

この鬼臼の和名は「奴波乃美:ぬわのみ」であるとされた.
★深根輔仁撰『本草和名』(918頃編纂)
鬼臼 一名爵犀 一名馬目毒公 一名九臼 一名天臼 一名解毒 一名萑頸 一名萑草(已上二名出釈薬性) 一名萑辛(出雑要决) 和名奴波乃美」,(奴波乃美:ぬわのみ[ぬはのみ])(左図,NDL)

この「鬼臼」は薬草としての価値は高かったようで,延喜式によれば,大宰府から朝廷に毎年貢献され,その一部は渤海からの使いへの返礼とされていた.
★『延喜式 』(927編纂開始)
「諸国進年料雑薬 西海道 太宰府十二種 木蘭皮百五十斤。土瓜。石膏各十斤。(中略)鬼臼四升。狸骨二具。」
「遣諸蕃使 渤海使 草薬八十種 升麻。橘皮。附子。烏頭。天雄。黄蓍。松脂。(中略)鬼臼。(後略)」

この「鬼臼」について本書の『和名考異』には,「鬼臼 於保乃也久良 貞享本渤海使。案於尓也加良之誤 案輔仁和名等。奴波乃美。」とあり,和名は「於保乃也久良:おほのやくら」で,これは「於尓也加良:おにのやがら」の誤りではないかと言いつつ,『本草和名』の「奴波乃美:ぬわのみ」も引用している.しかし,「おにのやがら」の漢名は「天麻」であるので,これとは別物と考えられる.一方,「おほのやくら,ぬわのみ」がどのような植物であるかは現在分からないようだ.

その後平安時代に輸入され,和本草学の基本となった『本草綱目』には,「鬼臼」の一名が「山荷葉」であると記されていて,

★明の李時珍選『本草綱目』(初版1596)
鬼臼
(《本經》下品)
【校正】並入《圖經》瓊田草。
【釋名】九臼(《本經》)、天臼(《別錄》)、鬼藥(《綱目》)、解毒(《別錄》)、爵犀 (《本經》)、馬目毒公(《本經》)、害母草(《圖經》)、羞天花(《綱目》)、朮律草(《綱目》)、瓊田草(《綱目》)、獨腳蓮(《土宿本草》)、獨荷草(《土宿》)、山荷葉(《綱目》)、旱荷」
とあり,またその形状については

「時珍曰︰鬼臼根如天南星相疊之狀,故市人通謂小者為南星,大者為鬼臼,殊為謬誤。 按《黃山谷集》云︰唐婆鏡葉底開花,俗名羞天花,即鬼臼也。歲生一臼,滿十二歲,則可為藥。今方家乃以鬼燈檠為鬼臼,誤矣。
又鄭樵《通志》云︰鬼臼葉如小荷,形如鳥掌,年 長一莖,莖枯則根為一臼,亦名八角盤,以其葉似之也。據此二說,則似是今人所謂獨腳蓮者也。又名山荷葉、獨荷草、旱荷葉、八角鏡。南方處處深山陰密處有之,北方惟龍門山、王屋山有之。一莖獨上,莖生葉心而中空。一莖七葉,圓如初生小荷葉,面青背紫,揉其葉作瓜李香。開花在葉下,亦有無花者。其根全似蒼朮、紫河車。丹爐家采根製三黃、砂、汞。
 或云其葉八角者更靈。或云其根與紫河車一樣,但以白色者為河車,赤色者為鬼臼,恐亦不然。而《庚辛玉冊》謂蚤休陽草,旱荷陰草,亦有分別。陶弘景以馬目毒公與鬼臼為二物,殊不知正是一物而有二種也。
 又唐獨孤滔《丹房鏡源》云︰朮律草有二種,根皆似南星,赤莖直上,莖端生葉。一種葉凡七瓣,一種葉作數層。葉似蓖麻,面青背紫而有細毛。葉下附莖開一花,狀如鈴鐸倒垂,青白色,黃蕊中空,結黃子。風吹不動,無風自搖。可製砂汞。 按︰此即鬼臼之二種也。其說形狀甚明。」とある.

江戸時代の『本草綱目』の和刻本には,「鬼臼」の注釈として「ヌハノミ」「ツリガネガサ」とある.『本草綱目』の記事に基いた図もあるが,なんとも珍妙な植物となっている(上図,左:野田彌次右衞門刊『本草綱目』(1637),中央・右:伝貝原篤信編『本艸綱目品目,本草名物附録』(1672),いずれも NDL).

江戸時代,「鬼臼」の薬効は高く評価されていたが,その本体は日本にはないとされ,薬肆では「ヤグルマサウ・ハウチハサウ・カサグサ」をこれに当てている.たしかに,葉の形状は似ているが,この植物が「白花ヲヒラキ、穂ヲナス」「ソノ花葉上ニ高ク出ル」のは,「鬼臼」の「葉下二小茎ヲイダシ一花ヲ開、下垂ス。鈴鐸(リン)ノ形ノゴトク」とは合致しないとしている.これらの植物がサンカヨウか否かは不明.

★寺島良安『和漢三才図会 第九十五 毒草類』(1713頃),現代語訳 島田・竹島・樋口,平凡社-東洋文庫 には,
「鬼臼(ききゅう)
九臼,天臼,鬼薬,爵犀,解毒,旱荷,害母草,羞天花,朮律草,八角盤(蓮),唐婆鏡,独脚蓮
独荷草・山荷葉・馬目・毒公・瓊田草など〔数名ある〕。
『本草綱目』(草部毒草類鬼臼〔集解〕)に次のようにいう。鬼臼(メギ科)には二種ある。根はどちらも天南星に似ていて、茎は赤く、直上に伸びる。茎の端に葉が出るが、一種は葉が七弁、一種は葉が数層をなしている。葉は箆麻(とうごま)に似ていて、表面は青く、裏面は紫で細毛がある。葉の下は茎に付いていて、一花を開く。花の状は倒(さかさに)垂(たれ)して鈴鐸(すず)のようで、青白色。黄蕊で中空である。黄色い子を結ぶ。風が吹いてもそれによって動かず、風がなくても自ら揺れ動く。またこの草は一年に一茎が生え、それが枯れると一臼が生え、八、九年たつと八、九臼になる、という。けれども一年に一臼が生じても、一臼は腐る。つまり新・陳が交代するのである。

根〔辛、温、毒がある〕  百毒を解し、胎子が腹中で死に、胞が破れて生れ出てこないものを治す〔この処方は非常に効がある。これによって幾万もの数の胎子を救っている〕。鬼臼の分量は多少を問わない。黄色いものの毛を取り去り、細末にする〔篩羅(ふるい)を用いず、ただ撚(ひね)って粉のようになればよい〕。毎服一銭を、酒一盞で八分ぐらいになるまで煎じ、一口に服用する。立ちどころに子は生きる。効験すばらしく一字(神)散と名づける。」

トウゴマ 小石川植物園
★小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803-1806) 巻之十三 草之六 毒草類
鬼臼 カサグサ ツリガネサウ ツリガネガサ 〔一名〕独揺 馬目 玉芝 一握金
漢渡ナシ。コノ草一枚一茎ニシテ、大カザクルマノ如ク茎頭二七八葉、輪次ス。大カザグルマヨリ茎長シ。葉下二小茎ヲイダシ一花ヲ開、下垂ス。鈴鐸(リン)ノ形ノゴトク、貝母花二似クリ。外ハ紫色、内ハ細金点アリテ撒金(キンスナゴ)ノゴトシ。コノ花、葉下ニカクレテ見エズ。故二羞天花ノ名アリ。今コノ草絶テナシ
一種ヤグルマサウト呼アリ。一名、ハウチハサウ、カサグサ。種樹家二多クウユ。深山二生ズ。東国ノ山中尤多シ。宿根ヨリ春苗ヲ生ズ。一茎直上ス。高サ二尺許、葉互生ス。ソノ葉五葉一帯、葉ゴトニ末ヒロク三尖ニシテ、本ハ窄ク箭ノ羽ノゴトシ。ホソキスジ多クアリテ皺ノゴトシ。周辺二鋸歯アリ。夏月、茎頭ニ細白花ヲヒラキ、穂ヲナス
コレヲ古ヨリ鬼臼ニ充レドモ、ソノ花葉上ニ高ク出ルトキハ、羞天花ノ名二応ゼズ。薬肆ニモコノ根ヲ以、鬼臼二充、ウル。ソノ根径一寸許、長サ六七寸。コレヲ六分許横二切テ乾ストキハ、両頭辺ハ高ク内ハ凹ニシテ、魚梁骨(セボネ)ノ形ノゴトク褐色ナリ。其物ハ全根臼ノ形ヲナス。正字通ニ、独脚蓮ハ鬼臼ト別ナルコトヲ云リ。其説ヤグルマニ近シ。今薬肆ニテ唐ノ鬼臼ト云モノハ其ニアラズ。

★毛利梅園(1798–1851)『梅園草木花譜 春三』(1825 序,描図 1820 - 1849)には,
「加州山荷葉(カシュウサンカヨウ カシュウノキキウ)
予曰
此鬼臼ノ一種ニシテ名ヲ同ス 鬼臼ハ一茎直上ニ葉ヲ生葉?テ七弁花 葉下莖ニ附開状鈴鐸ノ如 外紫内金梨地色也 然本綱ニ二種有リト云 一種則此乎 糺可 又云花戸ニ鬼臼ト謂ル者大葉兎児傘*也 鬼臼ノ一種也」
とあり,加賀地方産で,実際に自分の庭で咲いた花を写生した美しいサンカヨウの図が掲げられている.(左図,NDL)
*兎児傘・兔児草:ヤブレガサ

★内藤尚賢『増補古方薬品考』(1842)には
鬼臼 通名 綱目.山荷葉.一名九臼
[本経曰]鬼臼.味辛ク温.主トシテ蟲-毒鬼-疰*ヲ殺シ.邪ヲ遂ヒ百毒ヲ解ス.
[紫石寒食散]傷寒令愈復セ不ルヲ治
[撰品]鬼臼.邦品得難シ.舶来亦之無シ.今薬舗ニ販者ハ此レ也具留末草(ヤグルマ草)ノ根ニシテ真ニ不.此草一-茎直-上シテ.葉五出ス車輪ノ如シ.故名ツク.其根ノ大サ径リ寸許.土人之ヲ裁ルコト五六分.其乾者ハ皆凹ニシテ臼ノ状ノ如シ.城州丹州等ニ産ス.

[笙洲西山曰]鬼臼.深山陰谷ニ生ス.雪後苗ヲ生.一-茎一-葉.茎梢葉心ニ當リ頗ル蓖麻(タウゴマ)葉ニ似テ鋸葉有リ.其一年ヲ経ル者.一茎ヲ岐チ.一葉ヲ生シ其上ヘ白花ヲ開ク.野梅花ニ似テ.而六弁中黄蕊有リ.花後實ヲ結フ.熟シテ黒ク内細子有リ.冬茎枯ルトキハ即根ニ一臼ヲ為ス.黄精**ノ猶シ.一年一臼ヲ生シ.八九年ニ及フトキハ則八九臼.根ノ肉-皮-鬚.淡黄色射干***ノ如シ.其味全ク苦シ.」

とあり,挿絵には,葉がサンカヨウとは異なり,トウゴマの葉に似ているが,花は正にサンカヨウであり,また,年にひとつずつ「臼」が増える根茎も描かれている.(上図,WUL)
*鬼疰:突發心腹刺痛 **黄精:アマドコロ,***射干:ヒオウギ

本当の「鬼臼」は中国特産の「八角蓮 (Dysosma pleiantha)」であるが,日本には産しなかったので,『本草綱目』(草部毒草類鬼臼)の記述を元に,国内で特長の合う植物を探しだし,サンカヨウ (Diphylleia grayi) がそれに合うとして「八角蓮」の一名「山荷葉」と名づけた.したがって漢名としての「山荷葉」は誤用である.従ってサンカヨウに漢方の「鬼臼」の効用*は期待できない.
* 根状茎及根入药,功能清热解毒、化痰散结、祛瘀消肿,主治痈肿疔疮及治毒蛇咬傷的等藥效

サンカヨウ(1/3) 草木図説,中国の山荷葉(Diphylleia sinensis,Astilboides tabularis ),薬効
サンカヨウ (2/3) シーボルト, ミショウ,チャールズ・ライト,J.スモール,エイサ・グレイ「東アジア・北米隔離分布」, F. シュミット

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