2010年10月27日水曜日

番外編 サフラン(2) リンネ・ルソー・ルドゥーテ・ラスキン・漱石 Linne, P J Redoute, J J Rousseau, J Ruskin, Soseki

Crocus sativus
P.J. RedoutéJ. J. ルソー氏の植物学 La Botanique de J. J. Rousseau』 (1805) 多色銅版

(承植物の体系的な分類法を考案し,現在世界基準となっている二名法の基礎を築いたリンネは聖職者の子供であり,生涯敬虔なキリスト教徒であった.彼の重要な著作「自然の体系」の冒頭には旧約聖書の詩篇からの一節が引用され,たとえ人間の目に如何に複雑で混乱に満ちているように見える自然界でも,神の創造物である以上,美しい秩序があり,彼の分類体系はその秩序を明らかにし,神の偉業を讃えるための一つの手段であるとしていた.

J. J. ルソーも,植物の研究を自然の神秘の中に神の摂理を見出すためと考えていたようであり,リンネの考えに共感し,リンネの著作を持ち歩き,観察をした自然の植物を記述する際には,リンネの「植物の種」に基づいていた.「自然の研究は,我々を自分自身から引き離し,創造主への導くものです(「ポートランド夫人への手紙」,1766)」.従って,リンネも,ルソーもたとえ華麗な花をつけても,人が創造した園芸種や変種には嫌悪感を隠さなかった.リンネはこのような例外的な植物を「怪物」と呼び忌み嫌っていた.ルソーも八重咲きの栽培種については「こうした手も足もない怪物を通して繁殖を行っていくことを,自然は拒否しているのです(「植物学についての手紙」)」と記している.

このような,「自然崇拝」派は園芸大国の英国にも存在し,その代表的な論客は,ラファエロ前派の思想的バックボーンであった美学者 J. ラスキン(John Ruskin, 1819 – 1900 )であった.ウィルフリッド・ブラントは彼の『植物図譜の歴史』*2 で丸々一章をラスキンの業績(というか植物学者としての不業績)に割いているが,(第21章 ジョン・ラスキンのこと),ラスキンによれば,花は花としてそのままその美しさを賛美していれば良いのであって,そもそも学名を付すことからして植物を鑑賞する視点からは有害なのである.
ラスキンの自らの言によると,「植物学者と戦争状態」にあり,友人の中に非常に有名な植物学者が何人もいたのに,専門用語をたいへん嫌った.そしてラスキンはありふれた野の花-「人間の干渉によって品位を落とされたりゆがめられたりせず,花の展示会でけばけばしくこのうえなく厚かましい姿をさらすようなこともない」もの-をもっとも愛した.

ラスキンは,ルドゥーテが挿絵をつけた「ルソーの植物学」を賞賛していて,「どの競売でもいいから,売りに出されている彩色図版付きの J. J. ルソー氏植物学」(一八〇五年)をあなたのパリの代理人に探し出すようすぐ指示して,買えるだけ買ってください」(ラスキンから書籍商 F. S. エリスへの手紙,一八七八年五月七日).しかしエリスは一つも探し出せなかった(*2,第14章ルドゥテの時代).一方,ゲーテはこの本を所蔵していることを誇りにしていた.

ラスキンは日本でも明治・大正時代の知識人に大きな影響を与え,夏目漱石(1867 - 1916)は,『文学論』(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871770/1) でラスキンの美学を紹介し,また『三四郎』(1908年9 - 12月,『朝日新聞』/1909年5月,春陽堂)には三四郎が理科大学の野々宮君を訪れた際の情景に

 青い空の静まり返った、上皮に白い薄雲が刷毛先でかき払ったあとのように、筋かいに長く浮いている。
「あれを知ってますか」と言う。三四郎は仰いで半透明の雲を見た。
「あれは、みんな雪の粉ですよ。こうやって下から見ると、ちっとも動いていない。しかしあれで地上に起こる颶風以上の速力で動いているんですよ。――君ラスキンを読みましたか」
 三四郎は憮然として読まないと答えた。野々宮君はただ「そうですか」と言ったばかりである。しばらくしてから「この空を写生したらおもしろいですね。――原口にでも話してやろうかしら」と言った。三四郎はむろん原口という画工の名前を知らなかった。

リンネの紋章 *1 『リンネの教え-知識へのインスピレーション』 リンネ学校教育プロジェクトwww.bioresurs.uu.se/skolprojektlinne
*2 『植物図譜の歴史-芸術と科学の出会い-』 ウィルフリッド・ブラント著 森村謙一訳 八坂書房 1986

番外編 サフラン(1) "La Botanique de J. J. Rousseau" P J Redoute, J J Rousseau

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