2010年6月30日水曜日

オオバギボウシ

Hosta montana
擬宝珠の長き花茎ひとつたち 日のゆく道に傾きはじむ 斉藤茂吉

蕾や葉の形が橋の欄干の飾り「擬宝珠」に似ていて,葉が大きいので大葉擬宝珠.ちなみに擬宝珠は葱帽子(ネギボウシ 葱の花)⇒ギボウシが元という説がある.
日本原産の世界ブランド.原産地の日本では庭の片隅の花のイメージがあるが,夏が涼しいイギリスや北欧・北米では「とくに,レンギョウ,アセビ,ヤマブキ,アオキ,ギボウシのないヨーロッパの庭園は想像がむずかしいほどだ.」(大場秀章)といわれるほどガーデニングの主役になっている.花は「青ざめた病気にかかったような」(A. M. コーツ)と評されるが,斑入り,ブルー,ライム色の葉を持つ品種が作り出されるなど,観葉植物としての価値が高い.

現在は日本でも属名ホスタの名で,数多くの品種が園芸店の店先を飾っているが,シーボルトが欧州に持っていったコバギボウシはじめ,何種類かの日本のギボウシ類がその先祖の一つと知っている人は少ない.現在でもライデン大学国立植物学博物館にはシーボルト採集標本としてトウギボウシ,コバギボウシ,ミズギボウシの腊葉が残っている.

早春の若葉は山菜のウルイとして,また乾燥させて保存食にも利用され,山かんぴょうの名もある.山形県の最上地方では促成栽培で光を遮断することで,白さと柔らかさを強調したうるいを,生でも食べられる新感覚野菜「雪うるい」として出荷している.

花の中を覗いて見て,濃い紫色の筋が入っていればコバギボウシ,無ければオオバギボウシが見分け方.花茎の高さも葉の大きさも違う.花被の周りが半透明なのが,接写写真でよく見てとれる.フクリンギボウシと一緒に頂いたが,こちらの方が圧倒的に優勢.

おまけは2004年8月に八方尾根で撮影したオオバギボウシ.

2010年6月29日火曜日

タチアオイ(15)

Althaea rosea (15)咲き方が変わっている.アブチロン-ショウジョウカのようなつかみ咲き.完全には開かない.

タチアオイの英名はホーリーホック.十字軍が聖地から持ってきたので Holly (= Holy) と付いたといわれている.一方,日本で葵祭りや徳川家の紋に使われているのは,カンアオイの仲間のフタバアオイ.しかし,タチオアイが単にアオイ(アフイ)と呼ばれていたこともあって,この二つは混同され,思わぬ誤用を招く事も多い.

その一つの例がサッカーJ2のチーム 水戸ホーリーホック(Mito HollyHock).

Wiki では“クラブ名の「ホーリーホック(HollyHock)」は英語で「葵(タチアオイ)」を意味し、水戸藩(水戸徳川家)の家紋の葵から採られた。徳川家の家紋「三つ葉葵」に用いられているフタバアオイは正確にはアオイ科ではなくウマノスズクサ科である。”と記す.

一方,水戸ホーリーホックの Official Web Siteでは,クラブ名の由来として「ホーリーホックは英語で「葵(あおい)」の意味で徳川御三家の水戸藩の家紋である葵から引用した。」と「引用」という言葉を使って,ホーリーホックがタチアオイであることをぼかしている.チームカラーについても,「青(チームロゴの濃い青と葵の青)」と葵にこだわっている.

フタバアオイの学名は Asarum caulescens であり,英名は Asarum だが,いまさらチーム名を「水戸アサラム」に変えるわけにもいかないだろうが,きちんとした説明は必要と思われる.

2010年6月28日月曜日

ネジバナ

Spiranthes sinensis var. amoena野生のラン科ではめずらしく、芝生や土手、都市公園等の人間の生活圏に近い所で普通に見ることができる。この地域でも,近くの公園の芝生ではお目にかかるが,我が家の庭では初めて今年,ジャノヒゲの中から一本だけ花茎を伸ばし,ピンクのかわいらしい花をつけた.


花一個一個は小さいが,カトレアなどと同じ,ラン科の花の特徴を備えている.したがって開花時には花の上下が逆転しているはずなので,茎の螺旋回転と,花の逆立ちの,手の込んだパフォーマンスをしている.また,ネジバナの根は菌根となって菌類と共生していて、成長にはその菌の共生が必須.単に種を播いただけでは発芽・成長しないとのこと.来年以降の繁殖を期待している.

小さい花なので,写真がうまく撮れない.しかし,繊細な花弁の細かなつくりを見ることが出来て,肉眼とはまた違った魅力が発見できる.


おまけは日本原産の香りの良いラン,フウラン (Neofinetia falcata) の図譜.Curtis “Botanical Magazine” 英国 1819 (石版手彩色).




2010年6月27日日曜日

ナツシロギク

Tanacetum partheniumマトリカリアとも呼ばれ,ドイツでは解熱鎮痛作用があるので,熱があるとき乾燥した葉をオムレツに入れて食べる.フィーバーフュー(Fever Few)の別名はここから来た.葉や茎にはパルテノライドというセスキテルペンが含まれ,鎮痛のみならず,育毛や抗癌作用があるとも言われている.
このテルペンはepoxyとexo-methylene-γ-lactoneという反応活性に富んだ構造を持っているので,in vitro では種々の薬理作用を示すが,生体内での作用は明確ではない.
家内の友人から頂き,数年間生えて来るがタチアオイの陰で可哀そう.葉は特に乾燥させるといい香りがする.まだオムレツに入れた経験はない.

2010年6月26日土曜日

アスパラガス

Asparagus officinalis var. altilisユリ科から,最近独立したキジカクシ科(Asparagaceae)に移籍.キジカクシといっても親しみがわかず,アスパラガス科の方が良いのにと思うが.食用に栽培される種は,生け花に用いるアスパラガスとは種が違うが,2メートルにもなる茎は細く分岐した枝に覆われ,緑のふさふさとした草姿は良く似ている.乾燥に適応して葉は痕跡程度に退化し,枝で光合成を行う.

苗を購入して数年は細い芽ばかりだったが,枝を繁らせて置いたら,3年ほど前から立派な芽がでて,採る時期を逃さなければ春の食卓をにぎわす.根は太く広く拡がり,本当にユリ科でいいのか?と思っていたが,やはり別の科に独立した.雌雄異株で,雄の株の方が芽の本数が多くて好ましいそうだが,実がなって見ないと雌雄の区別が付かない.これは雌.昨年紅い玉のような実がいくつもついた.

おまけは庭にある野菜つながりでエンダイブ Endive (Cichorium endivia) の花.チコリとよく似た青紫色の一日花が美しい.

村越三千男「大植物圖鑑」1925年には「キクヂシャ」の名前で出ており「五六月の頃莖高さ二三尺に達し疎に小枝を出す。梢葉は最小にして莖を抱き三角形をなす。莖上に生ずる頭状花は稍々紫色を帶び朝開花し午前中に變色して萎凋す。」とある.



2010年6月25日金曜日

ツユクサ

Commelina communis花びらは3枚,青い大きいのが2枚と,(画像では苞にかくれて見えないが)小さな白い花びらが1枚下に付いている.学名は、リンネがオランダの植物学者 Jan Commelin (1629-1698) と、その甥 Caspar Commelin (1667-1731) を記念してつけたが,その理由として,「3枚の花弁があり,そのうち2枚は見栄えのするものであるが,3枚目は目立たない.コメリンという植物学者のうち,2人は有名であるが,3人目のコメリンは植物界に何の貢献もしないうちに死んでしまったからである」という.リンネは結構な皮肉屋だったようで,嫌いな植物学者の名前を,トゲだらけの貧相な植物の学名につけたという(今は禁止されている).

古くは日本でこの花を花摺り染めに用い,その色を縹色 (はなだいろ) といった.しかし光や水に弱いので,中国から藍染めが入ると廃れた.一方,簡単に脱色できることを利用して,和紙にツユクサの花の絞り汁を滲みこませたものを作り (青花紙),これを水に浸して得られた青色染料を友禅染や紋染の下絵描きに使う.今日では,花の大きい品種オオボウシバナ (C. communis var. hortensis) を用いる.主産地は滋賀県.

ツユクサの類には全草の抽出物に血糖降下作用があるとされ,オオボウシバナを利用する試みがされている.

花の構造は複雑.一日花で,一つの苞から二つの花が咲くが,一日目の花は溶けて,次の日の花の栄養分になるという優れた省エネ戦略をとる.茎を伸ばし,接地した節から根を伸ばし繁茂するので,庭では困り者.

おまけは幸野楳嶺(1844-1895)筆 「草花百種 明治三十六年(1903) 芸艸堂刊」よりオオボウシバナ-(鴨跖艸(おうせきそう)之一種 洋種)多色木版.e-Bayのオークションで見つけて里帰りさせた.

2010年6月24日木曜日

ガイラルディア(テンニンギク)サンクレスト

Gaillardia sp. “Suncrest”一寸変わった色のテンニンギク.通常は弁先が黄色で底が赤く,しかも茎が太くずんぐりとしている.この品種は,花がバーガンディーの単色で,通常のものに比べ花が小さく花弁が薄く,細い茎になよなよと咲く.派手さはないが,妖艶な感じがする.


引っ越して来て直ぐ,タキイから通販で種を購入.それ以降こぼれだねで毎年生えてくる.一時は相当数に増え,黄色い変種も出てきたが(左),大きな木を植えて日陰が増えるに従い,減少.今年は2個体になってしまった.タキイではもう販売していないそうなので,今年は種を取って,ちゃんと増やそうと思う.

自然繁殖で増えていたのに消えてしまった一年草にはモモイロタンポポ.多年草には宿根アリッサムがある.どちらもいい花なので,残念.

2010年6月23日水曜日

タチアオイ(14)

Althaea rosea (14)花弁の先に切れ込みが入った白い花.花は繊細・可憐だが幹は太く,背も高い.

タチアオイ(12) に続いて,正岡子規のタチアオイ(葵,花葵)の句を”ウェブM旅 デスクトップトラベル 子規の旅”より引用

明治31年 咲き満つる葵の花や梅雨に入る 麦藁のたばよせかけし葵哉 半日の嵐に折るゝ葵かな

明治32年 鴨の子を盥に飼ふや銭葵

明治33年 喀血のやむ頃庭の葵哉 梅雨に入る椎の木陰の葵哉 羅を夜の葵にかぶせはや

おまけは,会社に勤めていた時の花仲間,K さんがアンデルセンの故郷,デンマークのオーデンセを昨年の7月に訪れたときに撮ったタチアオイ.おもちゃのような可愛い家には,やさしい桃色の花がよく似合う.十字軍が小アジアから持っていった種の子孫だろう.

これで欧州・米国・日本のタチアオイの画像がそろったので,次は中国の画像が欲しい.

K さんのブログ「くらしのかおり」(http://ameblo.jp/green-panda/)では,家族の一員プチプーのモモちゃんを中心に何気ない日常から幸せの香りが立ち上る.

2010年6月22日火曜日

アジサイ(2)ガクアジサイ 園芸種 “フラウ レイコ”

Hydrangea macrophylla cv. “Frau Reiko”栃木県の海老原廣さんによって1990年に品種登録されたアジサイ.10年ほど前に姉の名前にちなんでタキイより苗で購入した.手入れをしなかったので,ほとんど花をつけなかったが,挿し木が根付いた他のアジサイと一緒に,日当たりのよい場所に移植したら,花を沢山つけた.ただ,土の酸性度が合っていないのか,カタログで見た花色とは異なり,濁った青.

アジサイは酸性が強い土壌ではアルミニウムを多く吸収し,それが葉や花に蓄積される.アルミニウム元素と色素との錯体で青が発色するため青い花では特にアルミニウムの濃度が高い.また,葉には青酸配糖体が含まれるため,食すると中毒する.梅雨の風物詩としてアジサイの葉の上にカタツムリを描くが,実際にカタツムリをアジサイの葉の上に乗せると,早々に逃げ出すとの事.
和名の語源は,「集(あづ)真(さ)藍(あい)」(『大言海』).また,属名 Hydrangea は、果実の形が似ているのでギリシア語の「水の器、水差し」から.また一説には,生育に多量の水を求めるから.

2010年6月21日月曜日

タチアオイ(13) 「天声人語」 〈夕刊のあとにゆふぐれ立葵(たちあおい)〉友岡子郷

Althaea rosea (13)
本日の朝日新聞の朝刊「天声人語」にタチアオイが取り上げられていた.引用すると

 お天気にもよりけりだが、この季節の黄昏(たそがれ)どきはずいぶん長い。夏至のきょう、東京だと4時25分に昇った太陽が7時ちょうどに沈む。〈夕刊のあとにゆふぐれ立葵(たちあおい)〉友岡子郷。日没までの長い明るさには、どこか夏らしい開放感がある▼タチアオイは梅雨どきの花だ。今の時期、主役がアジサイなら、この花は気っぷのいい脇役の趣がある。茎はまっすぐ大人の胸ほどに伸び、下の方から薄紅や紫に咲き始める。日に日に咲き昇り、一番上が開くころ梅雨が明けるとされる。(以下略)

わたしの庭では,今のところタチアオイが主役で,アジサイがその根元を飾る脇役.タチアオイの高さは4メートルを超えるものもあり,「大人の胸ほど」の騒ぎではない.花は時間差を持って二つのシリーズで下から咲きあがり,最初のシリーズはほぼ頂上まで達しているが,まだまだ梅雨は明けそうもない.

明るい桜色で,花弁の先に細かい切れ込みがあり,華やか且つ繊細な花容である.

2010年6月20日日曜日

チチコグサモドキ

Gnaphalium pensylvanicum父の日にちなんで,チチコグサモドキ.ハハコグサは黄色い頭花と白い茎葉でやさしげだが,チチコグサの類は貧弱でみすぼらしい.植物では「父」は冷遇されていて,草に母はイチゴ(苺),木に母はツガ(栂)だが,父は草にも木にもない.

北米原産の帰化植物.台湾には古くから帰化していたが,日本には大正末から昭和初めに入ったと思われる.タチチチコグサと良く似ているが,上の葉も丸みを帯びていて,総苞の下部が急にふくれているところが違う.庭じゅうに増えているが,抜きやすいのがまだしも.早春のロゼットは非常にきちんとした形で美しい.花は遠目にはみすぼらしいが,アップにすると,すぼめた口のようなピンクな蕾が可愛い.

2010年6月19日土曜日

アジアティック・リリー(2)

Lilium cv. “Asiatic lily (2)”「花壇地錦抄」(伊藤伊兵衛 1695年)には春すかしゆり,夏すかし及び天目ゆりの3種のスカシユリらしきユリが記載されているが,「透(すかし)百合培養法」(花菱逸人1847年)には68もの花銘が挙げられ,この150年間に品種改良が進んだことがわかる.残念ながらそのほとんどが現在までは受け継がれていない.
しかし,アジアティック・リリーの親としてスカシユリは,現在の観賞用ユリの隆盛に貢献し,日本でも多数の品種が育種されている.この花もその一つ.

背が高く,ごつごつとした感じで蕾を突き出す.花の色,草姿,黒い茎もインパクトはあるが,優雅ではない.子球を出して増えやすい.花の寿命は短い.

2010年6月18日金曜日

アジサイ(1)

Hydrangea macrophylla (1)梅雨を彩る花.日本の海岸地方原産だが,適応性は高い.
1789年に、イギリスのバンクス卿 (1743-1820) が中国から日本由来のアジサイを英国のキュー植物園にもたらした。1800年ころにはイギリス国内に普及し、以後はフランスで、第二次世界大戦後はアメリカやオランダで多彩な品種改良が進み,これらが逆輸入され西洋アジサイとして園芸店で売られている。有名なシーボルトとお滝さんのお話は,私のもう一つのブログ 「Antique Botanical Printに描かれた日本の花」のアジサイの項 を参照ください.

近所のお家の垣根から数本の枝を頂いて挿し木にしたら活着,次の年には咲いた.初めは白いが,後で赤味がかる.

おまけは,我が家への珍客,トウキョウダルマガエル.庭においてあるプランターに水を溜めたアサザの水槽に,1週間ほど前から住み着いている.暑い日にアサザの葉を頭に乗せて涼んでいる姿は風流.
写真を「両生類 (AMPHIBIANS)  びっきぃ と やまどじょう」に送って同定していただいた.河村さん,ありがとう.

2010年6月17日木曜日

ドクダミ

Houttuynia cordata
どくだみの花のにほいを思うとき青みて迫る君がまなざし   北原白秋

薬草として古くから使われ,日本薬局方にもその花期の地上部がジュウヤク(十薬)として収載されている.白い地下茎を這わしてはびこり,特有のにおいがその存在を主張する.一属一種.双子葉植物の中では非常に進化が遅れている種類で,がく・花びらが未分化の裸花.花びら状の白い4片は総苞で,中央部の軸に雄しべと雌しべしかない淡黄色の微細な花がおびただしく密着する.また,雄しべが完全ではないため,未受精のまま結実する,単為生殖の花としても知られる.

植えた覚えがないが,何かについてきて増え,抜いても抜いても完全には除けない.薄暗い初夏の庭の隅に咲いているのをみると,紫色の葉の裏と相俟って妖気さえ感じるが,白秋の言う「花のにほい」は茎葉の臭気にかくれて感じられない.

2010年6月16日水曜日

タチアオイ(12)

Althaea rosea (12)シンプルな一重の花だが,花弁の先に切れ込みがあり桜弁というべき花をつける.花色も濃い桜色.種を取って殖やしたい.

タチアオイ(11) に続いて,正岡子規のタチアオイ(葵,花葵)の句を”ウェブM旅 デスクトップトラベル 子規の旅”より引用.

明治29年
  のびきつて夏至に逢ふたる葵かな 杉垣を摘みぬ隣の立葵 枯れ盡す葵の末や花一つ 花葵隣の嫁の洗濯す 雨三日三日見ざれば銭葵
 庭前
  花葵上野の森は曇りけり
 病中
  我庭の薔薇も葵も咲きにけり

明治30年
 慈観の瀧を思ひいでゝ
  盡く花になりぬる葵かな
 別人
  枯れんとして伐り倒す葵花一つ 来年や葵さいてもあはれまし 垣摘で隣の葵猶高し

2010年6月15日火曜日

アジアティック・リリー (1) “ナボナ”

Lilium cv. “Asiatic lily (1), Navona”上を向いて咲くのでスカシユリの系統.園芸品種名はナボナ,1994年にオランダのVletter en den Haanによって作出された.花持ちが良く切り花やアレンジメントでも楽しめるとのことだが,テッポウユリなどと異なり,白さに透明感がないので,清潔さが感じられない.

数年前,近くの園芸店で購入.毎年咲くがあまり増えない.アジアティック・リリーは花の色が豊富で,一本の茎に多数の花がつき,しかも上を向いて咲くので,上から見るのに適している.スキー場の夏場のAttractionとしてよく植えられているのは,リフトから見下ろすことが出来るのと,丈夫で長期間鑑賞でき,球根が安価だからと思われる.

おまけは八重のスカシユリの図譜.
ヴェルシャフト (1870) ベルギー 石版多色.









2010年6月14日月曜日

アガパンサス

Agapanthus africanus南アフリカ原産のムラサキクンシラン科(旧ユリ科)の植物で,1679年に欧州に導入され,現在では温帯で広く栽培されている.名前はギリシア語のアガペー「無私の愛」とアンサス「花」よりなるが,特に神話等のいわれがあるわけではないようだ.

梅雨時にさわやかな青い花を散形につける.数年前に会社の花仲間から頂いた.日陰でも育ち,よく増える.つやつやとした葉は雄大だが,秋に枯れるとみすぼらしい.

今日は英国女王の公式誕生日.ロンドンでは,軍旗敬礼分列式(Trooping the Colour)という,色彩豊かな軍隊パレードが催される.これは毎年6月に,セントジェームズ公園とホワイトホールの間に位置している,ロンドンの近衛騎兵練兵場において行なわれ,女王の臨席の元,近衛歩兵連隊,近衛騎兵隊,国王連隊という近衛師団の中から,訓練を積んで万全の体制を整えている連隊の兵がパレードに参加し,行進をする.
79年,滞英中に幸運にも抽選に当たって,リハーサルを見る機会を得た.黒い熊皮の帽子を被り,真っ赤な衣装をまとった歩兵部隊や,きらびやかな衣装の軍楽隊を乗せた騎馬隊の一糸乱れぬ行進を楽しんだ.いかにも頭が蒸れそうな帽子を被って長時間直立不動で立っているので,倒れた兵士もいたが,珍しくないのか,対応チームも控えていて,担架に載せてさっさと運んでいった(左下).

2010年6月13日日曜日

タチアオイ(11)

Althaea rosea (11) 昨日の異様な花へのお口直し.牡丹のような八重の優美な花.
八重の花を解剖すると,雌しべは一本,中心にあり,一部が花弁化した雄しべが多数雌しべを取り巻いていた.他種と同様に,タチアオイでも雄しべの花弁化が八重化の機構だった.庭には一重の花しかなかったのに,2年前から八重の花が目立ってきた.なにが引き金になったのだろうか.

正岡子規(1867-1902)は松山生まれの俳人,歌人,新聞記者.
俳句の技法として西洋画の技法であった写生を提唱.月並みに流れがちであった俳句に大きな影響を及ぼした.植物を題材にした句も多く,明治29年以降は病床にありながらも旺盛な創作活動を行った. その中からタチアオイ(葵,花葵)の句を”ウェブM旅 デスクトップトラベル 子規の旅”より引用.

明治24年(1891) 屏の上へさきのほりけり花葵
明治25年(1892) 一本の葵や虻ののぼりおり 棉の花葵に似るも哀れなり
明治26年(1893) 鶏の塀にのほりし葵哉 御湯殿の窓から覗く葵哉 簾ごし幾筋赤き葵哉 花一つ一つ虻もつ葵哉 順順に開くでもなき葵哉 賤が家の物干低し花葵
明治27年(1894) 花葵米屋の埃かゝりけり
明治28年(1895) 行列の葵の橋にかゝりけり 母屋の御簾に葵の枯葉風薫る 小祭の三日にせまる葵かな 百姓の塀に窓ある葵かな

2010年6月12日土曜日

タチアオイ(10) フランスのタチアオイファンのサイト,芭蕉・正岡子規・中村汀女

Althaea rosea (10) 庭では最も異様な花.黒紅色の八重.通常花は雄しべの弁化によって,八重咲きになる.タチアオイの場合は一重の花では中央にある雌しべとそれを取り巻く雄しべが,八重咲きの花では数箇所から出ているように見える.種の出来方などがどうなるのか,見てみたい.

フランスのタチアオイファンのサイト“Avant-garde Hollyhocks ”には,世界中のタチアオイにまつわる話が集められているが,そこには芭蕉・正岡子規・中村汀女の作品が引用されている.

Basho (Japan, d. 1694 )

Épanouie au bord de la route
Cette rose trémière
Broutée par mon cheval.

Masaoka Shiki (Japan, d. 1902 )

a hollyhock
shot up to meet
the summer solstice

Teijo Nakamura (f., d. 1988)

Sanpô ni
chô no wakare shi
tachiaoi

芭蕉の句(日の道や葵傾くさ月あめ )は既に引用したが,
        正岡子規(1867–1902)    のびきつて夏至に逢ふたる葵かな
        中村汀女(1900–1988)    三方に蝶の分かれし立葵

正岡子規にはことのほかタチアオイの歌が多く,多病の彼がタチアオイの生命力に感動を覚えたのかとも思われる.

2010年6月11日金曜日

ヨウシュイブキジャコウソウ,這性タイム,欧州薬効,シェークスピア

Thymus serphyllum, Creeping thyme
歩くたびに芳香が立ち登ればいいなと,踏み石の周りをこの植物で埋める計画で,種から育て始めたがまだ道は遠い.しかし周りの草を抜くときに良い香りがする.

古くから欧州ではThymeには薬効があるといわれ,英国では心臓病・頭痛・憂鬱症・神経症の薬とした.春と夏には病人だけではなく健康な人も好んでthyme teaを飲み,夏の間に収穫した thymeを陰干しにして冬のために蓄えた,また,毛皮製品や冬用の衣服の間にも虫除けとして入れた.この草が生えるところは空気が清浄で,その芳香が心を晴らすという.

シェクスピアの悲劇「オセロ」でのイアーゴの独白でもThymeは清廉な心の象徴とされている.結局彼の心の庭は嫉妬のイラクサで覆われたしまったが.

“Tis in ourselves that we are thus or thus.
Our bodies are our garden to the which our wills are gardeners;
So that if we will plant Nettles, or sow Lettuce, set Hyssop, and weed up Thyme, supply it with one gender of herbs or distract it with many,
Either to have it sterile with idleness, or maimed with industry, why the power and corrigible authority of this lies in our wills.”
------ Iago Shakespeare “Othello” Act I, iii.


 人間、こうなるも、ああなるも、万事自分次第だ。
おれたちの身体が畑なら、意志は畑作りだ。
畑にいらくさを植えようと、ちさを蒔こうと、ヒソップを生やして、じゃこう草をひっこ抜こうと、
一種類だけにしようと、なん種類をも蒔きちらそうと、
それともほったらかして荒れほうだいにしようと、せっせと肥料をやろうと
- いいか、これを管理運営するのは意志の力だ。

三神勲訳『オセロ』角川文庫 平成8年改版初版

2010年6月10日木曜日

スカシユリ

Lilium maculatum 世界の園芸界に最も影響を及ぼした日本の植物の一つはユリ。
世界で100種ほどしかない原種ユリの内でも、大型の美しい13~15種程が自生する日本は「ユリの王国」といえよう。そのユリの王国、日本から世界の園芸界への贈り物の一つ、スカシユリ。ユリのほとんどが下か横を向いて咲くのに対し、上向きに咲くのが特徴。名前の由来である、花被片の基部が細くなって隙間があり下が透けて見えるのは、花に雨をためないための工夫であろう。
最近各地でユリ園が開設されているが,その画像を見るとその花のほとんどが,スカシユリを先祖とするアジアティック・リリー.花色が豊富で,増えやすく,多くの花を着けるからであろう.

3年ほど前に種苗店から花の咲いた鉢を購入.日当たりの良い道路際に植えていた間はどんどん増えたが,他のユリの近くに移植したら,ウィルスに羅病.今年はせいぜい数個しか花はつかない.
おまけは昨年,もっと多く咲いていた時,花の蜜を吸いに訪れたカラスアゲハとの記念写真.

私のもう一つのブログ,”Japanese Flowers in Antique Botanical Prints ”では,シーボルトに連れられて海を渡ったスカシユリの画譜を見ることが出来る.http://psieboldii.blog48.fc2.com/blog-entry-41.html

2010年6月9日水曜日

タチアオイ(9)

Althaea rosea (9)米国の種から成長した株は、前からあった株と交配し、今では花の色・模様・花弁の形・一重/八重、葉の形が一株一株違うといっていいほど多様な株が成長している。その中でも特異なのは、ほぼ黒に近い濃い栗色の花。


この色の花は近辺ではあまり見かけないが、1887年ドイツで出版された Prof. Kohler 著 “Medizinal-Pflanzen” には、栗色の花が美しい多色石版画が収載されている。この図譜にある以上、当時欧州では薬用として用いられていたのだろうが、詳細は不明。
日本では古くは蜀葵(タチアオイ)の根茎も婦人病などに用いたとの事。また、葵といっていたフユアオイ Malva verticillata も蔬菜・薬草として用い(和漢三歳図会)、今でもハーブティーなどで市販されている。

タチアオイの英名は Hollyhock だが、その仲間は Mallow と呼ばれる。欧州の沼地 (Marsh )に自生する近縁種の Marshmallow (マーシュマロー )( 和名ウスベニタチアオイ、Althaea officinalis ) の根から採れた粘液(多糖類)に、卵白や砂糖を加え、あわ立てて固めたお菓子が「マシュマロ」。 現在では、ゼラチン、寒天などを用いて製造。



2010年6月8日火曜日

カニクサ

Lygodium japonicum時々、植えた覚えのない植物が生えてくる。鳥の落し物だったり、風で種が飛んできたり、植えたものについてきたり。大体は歓迎されない植物だが、このカニクサを見つけた時はうれしかった。ぜひ若いうちからの成長の様子を見たかったのと、ある本に、トリスに絡ませると面白いと書いてあったから。

日本に原生するシダ類では珍しく、巻き付く形のつる性。別名のツルシノブはこれに由来する。近くの山野では成長すると木に絡みつつ3メートルにもなるが、長くのばす蔓は、実は1枚の葉。本当の茎は地下にあり、横に這い、先端から一枚の葉を地上に伸ばす。株が小さいうちの葉は短く、次第に長い葉を出すようになる。つるに見えるのは葉の主軸で、横に出る葉は羽片。しかしながら、この葉の先端が無限成長するようになっており、その点では茎と同じ機能を持つ。名前はこのツルでカニ釣りをしたから。ツルは丈夫で、篭を編む際の結索などに使用したとの事。


おまけは「シダ」つながりで、最近 e-Bay のオークションで購入したドイツのヘッケル Haeckel, Ernst Heinrich (1834-1919) 「自然の美的技巧」の、「Tafel 52. ビカクシダ“麋角羊歯”」の図譜。

ヘッケルはドイツの博物学者でダーウィンの進化論を強力に推進し、また系統樹の創案やエコロジーと言う言葉をはじめて使ったことでよく知られ、また著作は宮沢賢治にも影響を与えた。 生物スケッチにも独特の才能を発揮し、多くの生物の精緻な図を一つの画面に魅力的に配置した「自然の美的技巧」では生物の精密機械のような構造を芸術的に描き出した。荒俣宏氏に拠れば特に微細な生物の顕微鏡図はA. ブルトンAndré Bretonに「シュルリアリズムの実例」とも言わしめたそうだ。

私の「自然の美的技巧」の図譜のコレクションはもう一つのブログで見ることが出来る。




2010年6月7日月曜日

タチアオイ(8) ターシャ・テューダー

Althaea rosea (8) アメリカの絵本画家・挿絵画家・人形作家・園芸家として著名なターシャ・テューダー(Tasha Tudor、1915- 2008)もタチアオイを愛した.50歳代半ばよりバーモント州の小さな町のはずれで自給自足の一人暮らしを始め,広大な庭で季節の花々を育て続けるライフ・スタイルは,TVやムックで取り上げられ,日本でも注目を集めた。

なかでも彼女が好んだ花は,シャクヤク,ワスレナグサそしてタチアオイ.「わたし,タチアオイが大好き.もちろん一重のものよ.八重のは見る気もしないわ」.彼女が特に愛したタチアオイは,母からもらって,引っ越すたびに一緒にもってきた花.ターシャは大切なタチアオイのまわりの草は人まかせにせず,自分で大鎌で刈ったとのこと(退職の際,花仲間の I さんより頂いた美しい写真集「ターシャ・テューダーのガーデン」より.I さん,ありがとう.楽しんでいます.).

TVのターシャの庭にいたく感心した家内が,あの黄色いタチアオイが欲しい!というので,アメリカからネット通販で数種の花色混合の種を購入.残念ながら写真とは異なり鮮やかな黄色い花は咲かなかった.一番黄色に近い花をつけたのがこの冒頭の画像のタチアオイ.土のせいか気候の違いか.

おまけは1979年10月,シカゴ近郊の Evanston で見たタチアオイ.日本ではとっくに花が終わっているのにまだ咲き続けていた. 夏がそれほど暑くないからか.素朴な柵や家とよく似合っていた.花にピントが合っていないのは点景としていたから と弁解.








2010年6月6日日曜日

ムラサキカタバミ

Oxalis corymbosaついに我が家の庭にも,恐怖のムラサキカタバミが侵入してきた.

道ばたや空き地で赤紫の花を付けているカタバミには,帰化植物のイモカタバミとムラサキカタバミの2種類がある.両者とも美しい花を付けるが,庭に移し植える場合は雄しべをよく見て,葯が黄色いイモカタバミを植えた方がよい.葯が白いムラサキカタバミを植えると庭中に拡がって手に負えなくなる害草になるそうだ.ムラサキカタバミの葯が白いのは花粉を作らないからだが,花粉を作るイモカタバミでも種は結ばない.
両者とも子孫の増やし方は栄養生殖で,イモカタバミは名前の通り,芋(根茎)を作りこれでしか拡がらないが,ムラサキカタバミは根元に鱗茎を多数作っており,移植や抜いたときにこれがバラバラと落ちる事によってどんどん拡がるので,根絶は難しくなる.しかも,イモカタバミの方が花の数も多く色も濃く,花期が長いので,庭に植えるならこちらがおすすめ.


おまけはカリフォルニア在住の読者,Kate-sanの愛猫,Sonata. 
以前飼っていた Motor が死んで,Quackers が淋しがるので新たな家族の一員になったとか.Sonata は鳴き声からつけたらしいが,日本語で「そなた」は You を示す elegant な言葉だと知らせたら,“She is far from sophisticated, as she tends to flop on her side and stretch out for a belly rub upon greeting. Hardly elegant!” とおへそを見せてはあいさつするとの事.かわいらしい.






2010年6月5日土曜日

タチアオイ(7)

Althaea rosea (7)中心が薄桃色の優しい花.オキーフの絵を思わせる.

もう一人,タチアオイをモチーフにした有名な芸術家はジョージア・オキーフ(Georgia O'Keeffe, 1887 - 1986)

夫であった写真家スティーグリッツの,花のクローズアップの写真に影響を受け,花の写実的なイメージから,それを拡大し抽象化する独特の絵画を生み出した.特にニューメキシコに頻繁に通い,1949年に移住してからは,花と家畜の白骨,そして砂漠の荒涼たる風景の組み合わせの絵画を多く作成した.「生と性と死」 .
動物の頭蓋骨と植物の組み合わせのモチーフは19世紀のドイツ人図案家 Anton Seder (1850-1916) の "Die Pflanze in Kunst und Gewerbe (The Plant in Art and Trade)" 1890にも見られる.
オキーフによって描かれた主な花は,パンジー,カラー,マムシグサ,ペチュニアそしてタチアオイ.2009年にワシントンD.C. の National Gallery of Art で見たマムシグサ(Jack-in-Pulpit)のシリーズの迫力は忘れられない.

2010年6月4日金曜日

タチアオイ(6)

Althaea rosea (6)八重の花をつけた.最初は一重ばかりだったが,庭の中の交配で出現.結構豪華.

タチアオイは米国にも広く帰化しており,また勿論庭でも栽培されている.映画などで田舎道の脇の農家の垣根に群がって咲いているシーンを良く見る.


多くの芸術家にも愛された.帝国ホテルの設計者,ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright 1867-1959) もその一人で,個人の邸宅の透視図には立葵が点景として描かれていることが多いそうだ.また,これは依頼主(Aline Barnsdall)が名をつけたが,カリフォルニアに「立葵の家」 (Hollyhock House) を設計・建設した.

現在庭にタチアオイが咲き乱れているかは不明だが,建物にはタチアオイの花と蕾を様式化したと思われるデザインの,石造りの装飾やステンドグラスを見ることが出来る(左,From Wiki 一部改変).

2010年6月3日木曜日

ヤクシマシャクナゲ

Rhododendron yakushimanum日本原産のシャクナゲ.名前の通り屋久島特産で,標高1600m以上の高地に生えていて,寒さに耐えるため葉の裏には綿毛状の毛が濃い.また,新葉は表面も淡褐色の綿毛に被われて,これも美しいが、間もなく表面の毛は脱落して無毛となる.1934年に英国にわたり,園芸賞をうけ,その後西欧で、矮小性品種の母種として多くの品種に遺伝子が受け継がれた.
4年前に花がついている株を購入して地植えにした.その後日当たりが良すぎるからだろうか,葉は出るが花は咲かず,今年ようやく一茎咲いた.下に,淡褐色の綿毛に被われている若葉を示す.


西洋シャクナゲと日本シャクナゲの最も簡単な見分け方は,葉の裏に毛があるか否か.日本原産のシャクナゲはキバナシャクナゲを除いて,ほとんど全てのシャクナゲの葉の裏には毛が密生し,裏に葉が巻く傾向がある.これは寒さと乾燥対策と考えられる.一方ヒマラヤ原産のシャクナゲを先祖とする西洋シャクナゲは,以前示した「太陽」の様に葉の裏にはほとんど毛はない.

奈良 室生寺のシャクナゲは有名だが,再建された五重塔近くに植えられていたシャクナゲはほとんど西洋種であった.ホソバシャクナゲなどの奈良近くに自生しているシャクナゲを植えて欲しかった.

なお漢方での「石楠」とはバラ科のオオカナメモチであって,日本では誤ってシャクナゲをこれにあてた.したがってシャクナゲの植物名を「石楠花」と書くのは適切ではないとの事.

2010年6月2日水曜日

タチアオイ(5) 17世紀のオランダ Huijsum, 谷文晁 ファン・ロイエン筆花鳥図模写

Althaea rosea (5)
日の道や葵傾くさ月あめ ( 松尾芭蕉 『猿蓑』 元禄3年(1690年))


17世紀のオランダでは,市民階級が力をつけ,それまで王侯貴族の独占物であった絵画やタペストリーなどの室内装飾を自宅に飾り始めた.華やかな異国の花々をいっぱいに生けた花瓶は,その最たるものであったろう.しかし,温室が普及していない当時は,生花は簡単には手に入らなかったものと見えて,画家に注文し花束の油彩画を描かせ,それを壁にかけてその代わりにした.

画家は豪華で美しい花を中心に,彩りよく色々な花のブーケを描いたが,必ずしも描かれた花の咲く季節は同じではなかった.またモチーフは生花の写生のみならず,他人の絵からの剽窃で得たとか.しかし,現在見てもその花はほぼ同定でき,当時,オランダへ移入され,栽培されていた植物と園芸水準が分かる.その花束の中にはタチアオイも度々描かれている.
ロンドン国立美術館 Huijsum Jan van (1682-1749) “Hollyhocks and other Flowers in a Vase”

江戸時代の名画家,谷文晁(1763~1841年)が西洋画の手法を学ぶ為に描いた「ファン・ロイエン筆花鳥図模写」の花束の中にも,白いタチアオイが見える.

原画は徳川吉宗がオランダ商館に注文し 1726年に輸入した W.Van Royen の油彩 (1725年) (神戸市立博物館,名品撰:江戸の絵画のサイトより引用).

2010年6月1日火曜日

タチアオイ(4) 長谷川等伯「松に立葵図」,尾形乾山「立葵図屏風」

Althaea rosea (4)
垣ひとへ庭はひそまる日の吐息立葵の花真紅に咲き居り    太田水穂

中国から渡ってきたとはいえ,鮮やかな彩りの大きな花をもつ背の高いタチアオイは,格好の絵画の対象となり,特に金地屏風などに描かれるとその効果は絶妙.

室町時代に長谷川等伯一門によって描かれた智積院・障壁画「松に立葵図」では太い松の幹の下に咲き乱れるタチアオイが,幹の豪壮さや巌の堅さと対比され,よりいっそうの華やかさとやわらかさで輝いている.










華麗さの琳派にも愛され,重文 尾形光琳筆 「孔雀・立葵図屏風」では孔雀と妍を競い一歩もひいてはいない.
尾形乾山の「立葵図屏風」(左)では白・赤の他に桃色の花をつけた花茎が図案的に散らされており.神坂雪佳の「四季草花図屏風」にも描かれている.
琳派の流れを汲む酒井抱一の「四季花鳥図屏風」「立葵・紫陽花に百合図押絵貼屏風」など数多くの作品にも登場しているが,特に光琳の百年忌に作成した「観世音像」や抱一自ら筆をとり,百年忌の参加者に配った「瓶花図」にはタチアオイが描かれていて,いかに琳派に愛されていたかが分かる.このタチアオイ「アフイ」は「逢う」の隠喩との説がある.

画像をご覧になりたい方は検索をすると見ることが出来る.

このように日本でもタチアオイは古くから愛好され,多くの芸術作品の題材となっている.